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すずき さや
すずき さや
novelistID. 2901
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天国まで連れてって

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「ガミさん、おいしいですか?」
「うん。おいしいよ」
 テーブルの上に色とりどりの包装紙を無造作に広げた石神は、満足げにチョコレートをつまんでいた。凝った形の小粒のチョコレートを口に含み、フルートグラスを傾ける。
 グラスを空けると、自らシャンパンを注ぐ。照明に照らされたグラスの中で金色の液体の中で気泡が弾けていた。その姿を堀田は、黙って見つめている。
「高いチョコレートと、シャンパンの組み合わせは最高だね」
 後で誰かに叱られそうだけど、と付け加えながら石神はまた一つ、チョコレートを口に含んだ。
「俺がもらったものばかり食べて……」
 ため息交じりの堀田の言葉に石神は唇の端に笑みを浮かべる。
「だって、俺の堀田君だもん」
 そう言うと、また一つチョコレートをつまみ上げる。
「堀田君がもらったものは、俺がもらったものか?」
「違うよ。順番があるんだよ」
 ゆっくりとチョコレートを口に含むと目を細めた。
 石神は、渡したチョコレートを食べろと言い出した。
 突然、気まぐれな行動をして堀田の心をかき乱す。今日は、ふらりと消えたかと思うと飄々とした顔で戻ってきた。そして、バレンタインデーだから、と言って堀田にチョコを手渡した。 本命のチョコレートだよ、と言う言葉を添えて堀田を二度驚かせた。

「まずは俺のチョコを食べてよ」
 チョコを食べて満足した石神は、ハート形の箱を堀田に手渡す。
「堀田君は、これを食べて」
 無言で受け取ると、ため息を吐いた。目の前で消費されているチョコレートよりも桁が一つどころか、二つ違う気がするが、石神からの本命チョコレートだ。
 気持ちを受け取るが、目の前にある高級なものを食べたい。だが、先ほどから堀田は、石神から駄目と言われて触らせてもらえずにいた。
「もう少し、計画的に渡せないのか」
「だって、これまでプレゼントしたことないんだもん」
 堀田の嫌味にすねた声を上げた石神は、堀田君だって俺からもらえると思ってなかったくせに、とつぶやいた。
「それに好きな人からしか受け取らないって言えない立場じゃない、お互いに」
 石神のとげの混じった独り言に耳を疑った。驚きを隠せずに横顔を見ると、いつもの飄々をした顔つきではなく、深く考え込むような表情を浮かべていた。

 俺だって嫉妬の一つや二つあるし。堀田がこうやって物をもらうのは嬉しくない。ま、俺は物をもらえるなら何でも嬉しいけど、俺が嬉しい顔をしたら、堀田はどう思うのかな。
 勝手な思い込みだけどさ。嫉妬して欲しいよ。
 嫉妬したり怒ったりするなら、今日、もらったものは全部捨ててもいいし。これからは受け取らないって宣言しちゃうよ。

 一息に話し終えると最後に「なーんてね」と、茶化した言葉を付け加える。
「今日がバレンタインデーってことを忘れていたけど、来年は期待してよね」
 そう言って小さく笑った。
石神の言葉を聞きながら堀田は意外と自分は鈍感なのか、それとも石神が想像以上に繊細なのかと考えてしまう。自分は恋人に比べて無神経だったのか、と思って頭を下げてしまった。
「すみません」
「そんなことより、俺のチョコを食べてよ」
「分かったよ、ガミさん」
 石神の甘え声を聞いた堀田は仕方なく、包装紙を開き中の箱を空ける。石神が先ほどから食べているチョコレートよりもずっとチープな作りの小さなチョコレートを見つめた。
「俺のハートを受け取ってよ」
「はい」
 石神からの冗談交じりの言葉に思わず苦笑を浮かべると、堀田は口に含んだ。甘いだけかと思ったチョコレートは少しの苦みも含んでいた。
 真面目な表情でチョコレートを食べている堀田の横顔を石神はじっと見つめる。
「おいしかった?」
「まぁまぁ、おいしいですよ」
 曖昧にうなずきながら、堀田はグラスを傾けた。口の中のチョコレートを流すようにシャンパンを飲み干すと、石神は黙ってシャンパンを注いでくれた。目だけで礼を言うともっと食べたら、と言うように石神は視線を投げかけた。
 先ほどまで石神が食べていたチョコレートの箱に手を伸ばす。石神の口から文句が出なかったので、そのチョコレートを口に含んだ。濃厚な甘さが口の中に広がるのを感じながらシャンパンを含んだ。
 とろけるような甘さを持ったチョコレートとシャンパンの取り合わせは偶さかの贅沢だな、と感じる。


「俺のチョコは何味だった?」
「ティラミス味でしたよ」
「いいねー」
 石神は突然、笑い声を上げながらグラスを持ち上げるとカチリ、とグラスを合わせる。
「いいね。ティラミスか」
 何がいいのだろうか、と堀田は石神の言葉の真意が分からず怪訝な表情を浮かべ、相手の顔を眺める。
 堀田の視線など意に介せず笑い続けていた石神は、一つため息なような吐息をつくと、グラスのシャンパンを飲み干した。
「お返しが楽しみだ」
 石神が、自分に向けて意味の分からないことばかり言い続けている、と感じて思わずため息が出てしまう。気の早いという言葉を飲み込むと、代わりにグラスの残りを飲み、テーブルに戻した。
 堀田は、自分の膝の上に両手を置くと軽く組む。
「ホワイトデーは先だよ」
「そこまで待ちきれないよ」
 石神は、膝上の両手にそっと手を添えると、体を傾けて見上げるように堀田を覗き見る。
「ティラミス、だよ」
「は?」
 真意が分からず堀田は呆気にとられていると、石神は視線の高さを同じにした。
「天国へ連れてって」
「なんですか、それは」
 石神は両手を広げて笑う。
「意味を知らないの」
「意味?」
「偶然だけど、俺が堀田君に求めていたことをチョコレートが伝えていたよ」
 冗談めかして言いながら石神はまだ、茫然としている堀田に抱き着いた。
「どっちかと言うと一緒に行きませんか? だな」
 石神は堀田の耳元でささやくと、強い力で抱き返された。
「いいですよ。連れて行ってあげますよ」
 驚かされたままだと悔しい。そう思って堀田は負けずに甘くささやき返す。
「チョコって催淫効果があるって知っていた?」
「話が飛躍し過ぎだよ」
 苦笑気味の声が照れ隠しにも聞こえて石神は、そっと息を吐くように笑う。そして、堀田の肩に鼻先をうずめるように甘えるしぐさをする。分かっている、と言うように背中に回された手が自分の背中をやさしくなでる。
「天国へ行きましょう」
「うん」
 石神が、堀田の言葉に顔を上げると、優しくキスをされる。チョコレートの甘いにおいとシャンパンの芳香が入り混じった甘いキスだった。
 天国行きのキスだね、とささやくとそうだね、とほんの少しだけ、舌足らずな言葉が返ってきた。
「お酒に酔ったね」
「そうだね」
 とろんとしたような声に年の差分だけの子供っぽさを感じた石神は何故か嬉しくなった。
「天国へ行くんでしょう?」
「うん。連れてってよ」
 そう問いかける声に石神は目を閉じると小さくうなずいた。