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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー

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第一章 運命の始まり




<一>


「あのー、すいませーん。誰かいませんかー」
 カビや錆で薄汚れた牢獄を照らす唯一の光、松明の炎が揺れる廊下の先に向かって、カペルは遠慮がちな声を上げた。
 理由もわからないままにこの牢獄につながれて三日。饐えた臭いには慣れたし、寒いのにも耐えられる。一日中薄暗いのにも、気持ちは滅入るが、慣れたと言っていい。
 ただ一つ、どうしても許せない事があった。
 ごはんがまずい。少ない。
 腹の奥底で絶叫する虫に突き動かされ、カペルはもう一度、力ない声をあげた。
「すいませーん。誰か――」
「うるさい! なんなんだ、一体」
 廊下の向こうから、ガチャガチャと音を立てて看守がやってくる。
 全身を覆う甲冑は、自分を取り押さえた連中が一様に身につけていたものと同じだ。手に持ったメイスは、身長とさほど変わらない長さがあり、腰に帯びた剣と同様に、彼らの基本的な装備の一つのようだ。
「あの、ごはん、まだですか?」
「はっ?」
「ですから、ごはん、ごはんですよ。僕、おなか空いちゃって……」
「はぁ」
「焼きたてのパンとミルク、あと、温かいシチューがあると嬉しいなぁ、なんて」
「……あんた、立場わかってんのか?」
 呆れた、と言いたげなのが鉄仮面の上からでもわかる。
「囚人……ってやつですよね」
「そうだよ、囚人だよ。わかっているならそれらしくしてろ。大体、あんたも武人だろ。しゃきっとしろよ、しゃきっと。なんだよ、ごはんって」
「武人じゃないです。芸人です。フルート吹きの癒しのカペル。聞いたことありません?」
「フルー……なんだ? 知らん」
「……はぁ、僕もまだまだだなぁ」
 フルート吹きとして世界を旅して数年。この近辺で演奏していたこともあれば、多少は話題にもなってるかと思ってみたが、所詮はこの程度だ。こんなもんだと思う反面、無下に否定されれれば傷つきもする。
 落ち込むカペルをよそに、これで問答は終わりと看守が背を向けた。このまま行かせてしまってはと慌てたカペルが、執拗に食い下がろうとするが、
「ちょっと待って、ごはん……!」
 格子の向こうから伸びてきたメイスが頭を打つ。軽くとはいえ、それなりの質量を持ったメイスの衝撃は、空腹も相まってカペルの意識を寸断するのに十分だった。
 引き留める努力もむなしく、カペルはその場で昏倒する。
「やれやれ……まったく、これが本当にあの英雄様なのかね」
 呆れた、と今度は態度で示しながら、看守は面倒くさそうに、明かりの下、自分の持ち場へと足を戻す。


 太陽光の届かない地下の空気は、地上のそれより数段冷たい。それに加えて、壁の向こうからしみ出す湿気が閉じた空間で澱み、饐えた臭いを発しているのが常だった。
 普段、地下を訪れないものが入ってくれば、まずはその独特の空気に気圧されることになる。
 ビッグスがこの地下で働くようになって二年になる。
 そのほとんどをこの場所で過ごしてきた彼にとって、部外者が忌避するこの臭いも、生理の一部となるほどに馴染んでいた。
 この一画には、封印軍の敵を閉じ込めておく牢が並ぶ。ビッグスの仕事は看守だった。
 送られてくる中には、老人や女子供まで混じっているのだが、年齢や性別で差別をしないのがビッグスの信条だ。だから誰であろうと等価に扱う。彼が関心のあるのは、どの囚人が従順で、どの囚人が反抗的か。それだけだ。
 だがあの男に対しては違った。正確には、違ったはずだった。
 三日前に送り込まれてきた男。
 光の英雄、シグムント。
 解放軍と名乗り、自分たち封印軍に敵対する連中の首魁だ。
 自分たちが敵とする中でも最重要人物である男が、担当する獄につながれる。気負うなというのが無理な話だった。人相書によればまだ若い男のようだが、かなりの使い手であることは間違いない。一瞬の油断から取り逃すことになれば、給料にも響く。生命の危険だってありうる。
 引き渡すまでは、気を抜けない。
 だが、その気負いは、初日から脆くも崩れ落ちることになった。
「こんな少年が……」
 連れてこられたのは、まだ幼ささえ感じさせる少年だった。
 体つきもどこかか細く、戦場に生きる者が持つ覇気のようなものが感じられない。とても解放軍のリーダーがつとまるとも思えなかった。
 その印象は三日経った今も変わらない。
 腹が減った、と文句をたれる姿と合わせると、まだ世間を知らない学生と言った方がしっくりくる。
 今日もそうだ。にへらと浮かべられた愛想笑いの向こう側に、どこか周りのものをすべて突き放して見ているような冷めた目を隠している。それは、世の中を知らない少年にありがちな斜に構えた態度ともとれるし、ここを出ることを諦めた連中が浮かべるそれにも似ている。
 いずれにせよ、あれは武人の目ではない。解放軍のリーダーというイメージと、けして重ならないあの目は――
「まったく、これが本当にあの英雄様なのかね」
 独りごちた言葉とともに、ビッグスは英雄への興味を失せさせていった。緊張感は日常に弛緩し、松明が運ぶ暖気に誘われて、睡魔が頭を支配し始める。
 結果、彼が通気口から降りてきた影に気づくことはなかった。


 影は、看守が眠りに落ちたのを見計らって、通路に舞い降りた。
 音を立てぬように近づき、鎧と兜の隙間から、頸椎の真上にナイフの柄を叩き付ける。一瞬、くぐもった声を出した看守は、そのまま夢の続きを見ることになった。
 倒れた看守の腰から鍵束を引ったくると、影はそこに並ぶ牢を見渡す。
「シグムント様……」
 女の声だった。