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らんぶーたん
らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー

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<三>


「でさ、僕がフルートを吹いてたら、いきなり怖いおじさんたちがやってきて捕まえられたんだよ。シグミントー、逮捕だー、ってね」
「カペルー、シグミントじゃなくてシグムントだよー。ほんとに何も知らないんだなぁ」
「あれっ、そうだっけ?」
「英雄様ってかっこいいのかなー」
「どこかの誰かさんと違ってね」
「ひどいなー、そっくりさんなんでしょ?」
「どこがよ、全然違うわよ」
「最初は見間違えてたくせに」
「うるさい、バカペル!」

 カペルに連れられて私がこの村に来たのが五日前。牢を抜けるときに悪化した古傷も快方に向かい、こうして他愛のない会話をすることもできるようになった。
 モンタナ村のあるブルガス領は、穏やかな気候と肥沃な大地に恵まれた世界有数の穀倉地帯でもある。隣国であるフェイエール首長国やハルギータ女皇国とは友好的で、穏和な領主の性格からか、人の良い国民性からか、余剰の穀物を無償供与することもたびたびらしい。そうした国民性は、僻地にあるモンタナの住民にも言えることで、突然訪れたカペルとアーヤにも、村人は親切にしてくれている。
 他人に親切にされるのが気恥ずかしいのか、そんなときはカペルはよく頭を掻いて笑っている。
 見た目はあの方にそっくりだけど、このちょっと頼りない雰囲気の男の子が私を助けるためにずいぶん無茶をしてくれた。そのことにアーヤは大きな感謝を感じていたが、同時に、それと似ているようで少し違う不思議な感情が疼いていることにも、何となく気づいていた。その感情を上手く対処できない自分に、もどかしさもある。
 とは言っても、ちょっとませた双子と優しさを具現したようなその両親、そしてこの意外と頼れるところもある男の子に囲まれた生活は、封印軍との戦いに身を投じてから忘れていた穏やかな時間を思い出させてくれて、アーヤは束の間の平和を楽しんでいた。
 そして、そんな平和な生活がもうしばらくは続くはずだった。


「奥さん、大変だ。封印軍の奴らが来やがった」
 他愛のない会話と食後のお茶に付き合っている時に、その報はやってきた。
 封印軍。
 最初に浮かんだのは、追手か、という当然の疑問だ。目を合わせたカペルもまた同じように考えたのかもしれない。
「急いでみんなを避難させましょう」と奥さんが言った。
「違う、そうじゃない。やつら、竜骨の祠に向かってるんだ」
「なんですって?」
「神官様は今、祠だろ。大丈夫なのかい?」
「祠の扉は、そうそうに破れるものではありませんが……」
 封印軍を撃退するような武力がこの村に無いことは、改めて考えるまでもないことだった。さらに悪いことに、男手はほとんで出払っているらしい。たとえ封印軍が直接村にやってこないとしても、奥さんの言う通り避難し、その間にブルガスに派兵の要請をするべきだと思う。
「ブルガスに知らせは送ったの?」
「ブルガスは今、プレヴェン城の鎖を断つための準備で忙しいらしい。何でも光の英雄がやってきたとかで」
「シグムント様が!?」
「そう、そのシグムント卿が来られたらしい。だから、こんな辺鄙な村まで軍を送ってはくれんだろう。それに、もしブルガス王が派兵してくれたとしても、今からじゃとても」
「そんな……」
 シグムント様がブルガスにいらっしゃる。たぶん他の仲間たちも一緒だろう。自分が先走る必要も無く、やはりあのお方は無事だった。そのことは、それでいい。
 だけど……この国も同じなのだろうか。国家としての意志の前であれば、弱者を切り捨てる決断も下す。いや、少なくとも辺境の国民が国家に寄せる信頼がその程度だということは、ここでも同じだった。それが嫌で、それを変えたくて、アーヤは国を飛び出したのだ。
「ママ、僕らがパパを助けに行くよ!」ルカが言った。
「助けに行く!」それに同調してロカが言う。
「駄目よ。危ないわ」
 奥さんの声に心配の色が見えた。その姿に、自分の母親の姿が重なる。
「隠し通路があるだろ。あれを使えば見つからないよ。パパを助けなくちゃ」
「隠し通路?」
 アーヤは思わず聞き返していた。
「うん。あそこから入れば、気づかれずにパパの所まで行けるもん」
「祠に通じる洞窟とは別に、代々の神官が使ってきた、青龍のおそばへ侍るための秘密の通路があります。確かにそこを通れば、本道である洞窟に封印軍がいたとしても気づかれずに入れますが……」
 だからと言って、危険な場所に子供たちを行かせたくはない。母親としてはそう考えるのが当たり前なのかもしれない。神官様もたぶん、同じ意見のような気がする。だったら……。
「私が行くわ」
 ブルガス王に頼れないのならば、これは私の責務。解放軍としてではなく、私の。
「私が行かなくちゃ……っ」
 その決意とは裏腹に、鈍い痛みが身体の奥で響いて、アーヤは小さくうめき声をあげた。身体がまだ本調子にはほど遠いことが恨めしい。
「そんな身体で行けるわけないでしょ。何をそんなに焦ってるのさ」
 カペルはなんとなく自分の焦りを感じたようだった。ただ、そんな悠長なことを言っている場合ではないということは、封印軍と剣を交えてきたアーヤにはわかっていた。
「じゃあどうすればいいのよ。放っておけって言うの! ……うっ!」
「ほら、だから無理だって」
 叫べば痛みはぶり返す。わかっていても、アーヤは言わずにはいられなかった。このままにすれば、神官様がひどいことになるのは明白で、だからといって自分が戦える状態じゃないことも明らかだ。そんな手詰まりな状況に気ばかりが焦ったせいか、無意識にアーヤはカペルを見つめていた。
「……仕方ないなぁ。僕が行くよ」
「カペル!」
「お世話になっちゃってるもんね」
 いつも通りのどこか頼りない笑顔で頭をかいているが、カペルは行くと言ってくれた。いや、言わせてしまったのかもしれない。それが自分に対する気遣いからだと思えて、感謝や心配とは別に、例の感情が疼くのをアーヤは自覚する。
「ボクたち三人で行けば、もう怖いものなしだね!」
「なしだね!」
「えっ、ルカとロカも来るの?」
「カペルは通路のこと、知らないだろ?」
「でも、封印軍に見つかったら危ないよ」
「大丈夫、危なくなったらワタシの魔法で助けてあげるから!」
「はは……僕の心配なんだ」
「アーヤに良いとこ見せないとね、カペル!」
「見せないとね!」
「そ、そだね」
「カペル……」
 カペルはいつもと同じように飄々としているように見える。だけど、また無茶をさせてしまったのではないかと思えて、それでも行っては駄目だとも言えなくて、アーヤはそこで言葉を失った。
「なに? 心配してくれてるの?」
「し、してないわよ!」
「えー。まあいいや。アーヤはゆっくり休んでないとだめだよ」
「……うん」
 雰囲気は変わらず頼りないままだが、その一言で、今は彼に任せておこうという気になれる。それがちょっと悔しいような気もしたが、アーヤはカペルの言葉に従うことにした。
「じゃあそういうことでいいですか、奥さん?」
「……カペルさん、ありがとうございます」
「いえいえ。じゃあ念のために武器を借りてくるから、ちょっと待ってて」
 そう言って、カペルは部屋を出て行った。