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君と遅めの朝食を

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日本というところは、地球半周分離れているだけあってイタリアとは様々なところが違うという。食事ひとつ取ってもそうだ。彼らはハシという細い日本の棒を使って物を食べるという(これは雨月が編み棒を使って実演してくれた)。 主食はパンではなく、ライス。しかも普段はパエリアのように味を付けたりも、具を加えたりもしないらしい。それでは味がなく不味いのではないか、と聞けば、そんなことはない、炊きたての白い御飯はご馳走だ美味いのだぞ、と笑って返された。肉もほとんど食べない。代わりに魚を主に食べるが、食卓にのぼる回数はそれほど多くないらしい。野菜と、ライスを初めとする穀物と、豆から作った幾つかの塩辛い調味料と。それでほとんど食卓は賄われているという。
「うわー、味気ないなあ」
私づてにその話を聞いて、私と同じような感想を漏らしたのはランポゥだった。「…僕じゃあとても耐えきれないよ」
坊ちゃん育ちのランポゥは、自他共に認める美食家だ。やれどこのリストランテのシェフがどうの、どこのワインの出来がどうの、暇さえあれば知ったような蘊蓄を垂れてGに足蹴にされている。私とGは育ちが貧しいので、未だに味より量を重視しがちだ。──が、やはり食べ物が美味いのにこしたことはない。ひとりナックルだけは、禁欲的でいいことだ、と真面目な顔をして頷いていたが。
そんな食生活を過ごしてきた雨月がこちらの食事に馴染めているのかと言えば、それについては全く問題がなかった。初めて口にするものに恐る恐るだったり興味津々だったり、多少の姿勢の違いはあれども、最終的にはいつもきれいに食べきって、「美味いものだな」と嬉しそうに笑って頭を下げる。
Gはその様子が面白いらしく、最近では珍しいものが手に入ると、雨月に食べさせようと持ってくるようになった。この前などは大きな海胆を生きたまま持ってきたのだが、雨月は目を丸くして「新鮮なもので御座りますね」と言っただけに終わり、大いにGを腐らせた。


さて。
今その雨月の目の前にあるものは、生のルッコラにオリーブオイルをたっぷりかけただけのシンプルなサラダだ。


前日遅くの抗争の尻拭いのため寝坊した自分は、食堂の前で雨月と偶然顔を合わせた。「おはよう」に続けて聞けば、Gから貰った楽譜に没頭する余り食事の時間が過ぎてしまったという。長いテーブルの端に向かいあって腰かければ、給仕担当が寄ってきて素早くテーブルの上を用意していった。その手にある皿の一つが置かれた時、ふと雨月の表情が強張ったように見えた。
おや、と思いながらも食事を開始する。コーヒーを飲みながらパン籠を引き寄せて、バターが手の届かない位置にあることに気付いた。雨月なら届く位置にあるそれを取ってもらおうと呼びかけて、相手が皿の中身を凝視したまま動かないことに気がつく。雨月、と再度呼べば、びくりと体が跳ねてようやくこちらを見た。
「料理がどうかしたか」
ルッコラのサラダ。少々オイルの量が多いようにも見えるが、そのほか別段変わったところはない。シンプルな問いに雨月はぎこちなく首を横に振った。
「――いや、何も。」
「そうか」
頷いて、食事を再開する。と見せかけて雨月の様子を窺っていると、意を決したようにフォークを構え、一刺しして口に運ぶ。咀嚼して飲み込む一連の動作があきらかに無理をしていた。コップの水を飲んだ雨月がほう、と溜息を吐くのを見計らって、声をかける。
「雨月」
「?」
「涙目になっているぞ」
「!!」
慌てて目元を拭う雨月に笑って「冗談だ」と告げれば、目を見張ったのち拗ねたようにこちらを軽く睨め付けた。
「人が悪いぞ、ジョット」
「そう言うな」
くすくす笑って行儀悪くフォークで皿を指し示す。「お前が好き嫌いを見せるなんて珍しいじゃないか。どうした? ルッコラは嫌いか?」
「いや……その、」
決まり悪そうに雨月の目が泳いだ。常にまっすぐ此方を見て話をする彼には珍しいことだ。
「……この、上にかかっているものが」
「オリーブオイルか? 日本国では油を料理に使わないのか」
「料理を作るのには使うが、直接食べることはせぬな。」首を傾げるようにしたのち、少し苦笑する。「…油を嘗めるのは化け猫とろくろ首ぐらいのものだ」
「ロクロクビ?」
「こっちのふぇありーのようなものだ」
答えながら、再度手にとったフォークでたどたどしくルッコラが刺された。同時にむう、と眉間に軽く皺が寄る。おそらく本人に自覚は無いのだろうが、その様が面白いというよりもどうも気の毒になって、慌てて制した。
「おい、無理に食べることはないんだぞ。」
「世話になっている身で饗されたものを食えぬなどと、そんな無恥なことは言えぬ。──第一、勿体ないではないか」
「? 惜しいのか」
「違う。勿体ないのだ」
大真面目な顔で反論する雨月に苦笑して、「じゃあこうしよう」と薄く切ったパンを手に取った。軽くバターを塗ってハムを乗せ、雨月の前にあるルッコラを大雑把に乗せる。それにもう一枚パンを乗せて「これでどうだ」と差し出した。要はサンドイッチだ。ちょっと逡巡した様子でぱくりと噛みついて、雨月はひとつ瞬きを落とした。
「…油が消えたぞ」
「消えたんじゃない」幼い子供のような反応に、今度は声を上げて笑う。「パンに吸収されて気にならなくなっただけだ。パンにオリーブオイルは合うんだぞ。直接つけて食べたりもするからな」
「ふむ」
あまり分かっていなさそうな様子で二口目を頬張る雨月を見ながら、思い立って自分も同じようにパンで目の前のルッコラとハムを挟んだ。おや、というように色素の薄い瞳が見開かれ、また瞬いた。
「──昔はよくこうやって食べていた。」
問いかけるような視線に、少し笑って答えた。
「…まだ、こんな大層な組織など出来ていない頃だ」

ナックルかGあたりが見たら行儀が悪いと叱られそうだ。そう思いながらも大きく噛みついた俄かづくりのサンドイッチは、どこか懐かしさを思い起こさせた。
作品名:君と遅めの朝食を 作家名:サナギ