見返りは、愛情。
小さく呟く俺に組み敷かれた帝人君は何も言わずに俺の目を見つめ返していた。帝人君の喉に銀色に光るナイフを宛がっているのは俺のはずなのに、帝人君は怖がる様子も見せず、俺の方が動揺しているのか手が震えている。
「帝人君。どうして、君は、俺のこと、愛してくれないの?」
口がカラカラに渇いてて随分情けない声だな、とどこか人事みたいに感じた。掠れていて、余裕が無い、まるで俺の今の様子そのままだ。
「どうして、シズちゃんなの?どうして、俺じゃないの?」
俺がこんなに愛しているのに、と言おうとした時、思わず涙が出そうになって口を噤んだ。
「俺のこと愛してよ。シズちゃんなんかじゃなくて俺を。それが無理なら・・・死んでよ、帝人君。俺が君を殺せば、君の心は手に入らなくても、魂は手に入るでしょ。」
そう言っても俺は一向に手に持ったナイフを帝人君に向けるだけで、それで帝人君を傷つけたりしないのだ。いや、出来ない。だって本当は生きていてほしい。生きて俺の傍にいて、俺のことを他の誰よりも愛してほしい。目を伏せると、冷たいひんやりとした柔らかい感触が俺の頬をなぞるのを感じて驚いて目を開いた。それは帝人君の手の感触で、何かを探るような手付きで俺の頬をなぞっていた。俺と目が合うと、ナイフを突きつけられているとは思えないぐらい穏やかに微笑んだ。
「臨也さんは馬鹿な人ですね。」
頬を辿って帝人君は俺の髪に触れた。指で髪をすくその感触はとても心地よかった。
「いつ僕が静雄さんのことを愛しているなんて言いましたか?」
それは帝人君どころか他の誰も言っていないことだ。でも帝人君の様子を見ていればなんとなくそう感じたのだ。シズちゃんに向ける笑顔とか言葉とか、そういうのが帝人君がシズちゃんを好きだと告げているようにどれも甘かった。
「確かに静雄さんのこと好きですけど、臨也さんが思ってるような感じじゃなくて、友達みたいな感じの好きなんですよ。」
それと、と帝人君は両手を伸ばして俺の頭を両側から挟んだ。体を起こしたせいでナイフが少し帝人君の喉に刺さって赤い雫が一筋伝っていく。白い肌に赤い血が流れていくのがとても綺麗に見えて、一瞬だけ見惚れた。
「いつ僕が臨也さんを愛してないなんて言ったんですか?」
俺は目を見開いて帝人君を見ると、それがおもしろいといったふうに帝人君は鈴の音みたいな声をだして笑った。
「僕は臨也さんが僕に愛されたがっているのにずっと前から気付いていました。それでも僕があなたを愛してみせなかったのはあなたに大事なことを知ってほしかったから。愛してほしかったら、まずしなくてはいけないことがあるでしょう?」
帝人君の言いたいことが分かった僕は頬が熱くなるのを感じた。戸惑いながら帝人君に宛がっていたナイフを床に放って帝人君の胸に顔を伏せた。
「・・・好き。帝人君が、好き。愛してるんだ。」
何度言っても俺の感情の全てを伝えることなんて出来ない言葉なのに、一つ一つ言うことがこんなにも苦しいなんて初めて知った。帝人君に腕を回し、ぎゅうぎゅうに抱きつくと帝人君はまるでよくできました。と子供をほめるように俺の背中に腕を回してゆっくりと撫でた。
「僕も、臨也さんのこと好きですよ。」
そう言った帝人君の言葉が嬉しくて、はにかむ顔が可愛くてより一層腕に力を込めて帝人君に抱きつくと、帝人君はクスクスと笑う。
「そんなに強く抱きつかないでも僕は逃げたりしませんよ?」
俺がそっと腕の力を抜くと、今度は帝人君がぎゅうと俺に抱きついてきた。
「それにしても、本当に臨也さんは馬鹿な人です。僕の気持ちを確かめる前にこんなことするんですから。」
「ご、ごめん・・・」
「ふふ・・・そんな素直に謝るの、なんだか臨也さんぽくないですよ。」
帝人君は俺の頭を撫でて言う。
「別に謝らなくてもいいですよ。そういう不器用なところもちゃんと分かってます。そのうえで僕は臨也さんが好きなんですから。」
俺の耳が帝人君の胸に押し当てるように抱きこまれると、トクントクンと、帝人君の胸の鼓動が聞こえた。今まで聞いてきたどんな音楽よりも愛しくて、心の落ち着く音だと思った。
「俺も帝人君が好き。こんな、帝人君を傷つけてばっかの俺だけど、愛してくれる?」
帝人君は俺の目を真っ直ぐ見て微笑んだ。
「何度も言ってるでしょう?僕は臨也さんが好きです。だから、僕はずっとあなたを愛しますよ。」
その微笑みは前に見たことがある。非日常を前に期待に満ち溢れた狂気の・・・・
俺が求めたものは愛情。
彼が求めたものは・・・・?