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【パラレル】迷子センター受付係【三リョ】

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灰色の天井をぼんやりと照らし出す蛍光灯がちかちかと眸に痛い瞬きを繰り返し、反響の激しいコンクリートで覆われた地下道で方向感覚を失いそうになっている足取りが「迷う」という言葉を過ぎらせて苦笑した。
 地下道は庭だ。
 街をすっぽりと地下から覆ったこの世界は、果てという果てまで縦横無尽に自らのテリトリーを広げては我が物顔で底から街を見下ろしている。地中に追いやられた、なんて悲壮は露も無く、見上げる事をしない様は潔くて悪い気はしなかった。
 住みやすい、と思う。定住なぞしないと思っていた自分が、いつの間にか腰を落ち着けているこの街は、地上も地下もひっくるめて住みやすい。否、離れ辛いだけかもしれない。まぁ、つまりはそんな場所。
 天井からパラパラと砂埃やらコンクリートの小さな破片が降ってきた。一つ上の階層を走っている電車の最終が通り過ぎたのだろうと、今の時間を思い出しながら慣れた心地で頭の中の時刻表を広げる。鉄道掃除の滑車と鉢合わせるのだと判れば、帰り足は幾分か速まった。
 線路の走った地下道は、何階もの階層となって折り重なり、横道で繋がり、街中と街の外へと走っている。迷路のように入り組んだ其処は暗闇に眸を凝らせば薄っすらと地上に負けない生活臭が漂い、活気とは程遠いけれどもそれなりに生きている人間が住んでいた。隠れるように、とは付け足すが。
 地価の高騰が続き地上で暮らすのが困難になっている、のは随分と昔の話だが、地上から追いやられた奴らが生活するのに地下はうってつけだったのは否めない。公園のホームレスが社会問題になっているのを隠れ蓑にして増えていった地下人口が明るみになった頃には地下は地下なりに発展していて、国がどうこう口出し出来る状態ではなくなっていた。
 経済発展様様が地上も地下も開拓していってくれたお陰で、それなりに隠れ住む場所が必要以上にある所為も挙げられるか。何処の都市も大抵は、そんな状況になっちまって久しい。
 本来なら必要もない筈の、列車以外が通りはしない地下道の片隅に置かれた缶ジュースの販売機の明かりが世界のアンバランスを映し出していた。薄闇に浮かぶその姿を目印にして横道へと入れば、用務員用に設置された物置のような部屋がある。
「……アンタ、まだ帰ってなかったのかよ?」
 慣れた手つきで建てつけの悪い扉を勢い良く開けば、狭い部屋の中には無防備に大の字で寝転がっている男の姿があった。
「んぁ…?…よぉ、おかえり」
「・・・・」
 短く切り揃えたばかりだろう黒髪をボリボリと掻きながら、いかにも寝起きですって表情で起き上がって挨拶をする男。人の部屋に居座り続けるそれは、迷子だ。






迷子センター受付係





 アルミの薄っぺらいロッカーを開けて、服の中に埋もれている携帯の充電器を引っ張り出すのを面白そうに眺めてくる背中の視線を無視し続け、ポケットの中からごそごそと今日の戦利品を広げるのは習慣にも近かった。
 地上と違い、警察の類が居ない地下はある意味で無法地帯だ。貴重品は身につけて持ち歩くのがセオリーだし、俺のように住処を持っている奴は勝手に他人が荒らさないように鍵だったりを付けるのが常識だろう。が、俺は大抵、そういう事はしない(しておけば、こういうバカが勝手に入らなかっただろうにと後悔はしているけど)。
「今日は仕事だったのか?」
 鍵なんて付いてない用務員ロッカーを殴るように閉めて振り向けば、少しも遠慮なんて素振りを見せた事のない不法侵入のバカが勝手知ったると言わんばかりに先ほどまで寝転がっていたソファに胡坐をかいていた。寝相が悪い所為で、寝起きはいつも躰が痛いと愚痴る。
「…俺はアンタと違って、毎日お仕事デスヨ」
 一応の住処にしている此処にだって時折寄るだけだし、寄らずに次の街に行く事だってある。
 何度目かになるその話をしても、実感なんて沸かないのだろうこの男は「へぇ」と曖昧な返事をして眉を顰めるだけだった。態度だけなら浮浪者が人の家に上がり込んでいる、と判断出来るが、少しだけ厄介なのは、この男は浮浪者ではない事だ。
 迷子センター受付係。
 道端に転がっていたピンクな看板の上から白のスプレーで書いたそれは、俺の通り名であり職業でもある。ちょっとばかり恥かしさを覚える名前は、これでも一応、政府の裏公認の職業な為に下手に改名が出来ない。
 仕事は「迷子」を管理してやること。地下道に迷い込んだ奴らを地上に戻していたのが始まりで、地下組織の犯罪チックな問題ごとを解決してみたり、地上に出ちゃった隠し事を消しに行ったりと結構忙しい。もっとも、此処は無法地帯で警察なんか居ない。俺もそんな正義感ぶって仕事している訳はなくて、つまりは金をくれる依頼人が俺の守る正義って事。
 因みに、地下に住んでいる奴にとってはこの名前は酷く有効で、看板をぶっ立てておけば物取りが避けて歩く程度には有名人。地下に住んでいる奴にとっては。
「…アンタ、帰る気無いんでしょ?」
 YESとこの男が頷けば、俺は心置きなくコイツをそこら辺の道端へと放り出して終わり、と出来るのに。それを知ってか知らずか、無駄に端正な顔を(おぞましくも)恥かしそうに苦笑させながらNOと言う。帰る気はある、と。それはつまり、この物知らずな男が地下に迷い込んでしまった『迷子』であり保護してやらなければいけない、という図式を成り立たせてしまう。哀しい事に。
「帰りづらいんだよ」
 アンタの事情なんて知らないよ。
 毎日念入りにセットしている髪をクシャクシャになるまで乱暴に掻きながら、何度目かになる頭痛を押さえ込むのに必死になった。