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何故だろうな、【文食】

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弾き落とした苦無も弾き落とされた苦無も、既に互いに残数は無くなっているようだった。足元の地面には奇妙な空間とも呼べる円が出来ていて、鈍く光る事さえもない漆黒色をした刃が転がっている。
 拳に触れたのは人の膚の感触と呼ぶには不釣合いな熱を持って、まるで熱い湯水の面をかき殴っているようだと思った。否、けれど視覚で捉える姿は、今振り上げた腕の先で既に身構えることさえも止めて同じように腕を振り上げた男が、更に同じように頬に拳を受けている。つまりは、お互いに殴り合っているのだ。
 基礎体力の違いが漸く出てきたのか、荒い息が男の口から吐き出されていた。ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、気管が随分と苦しそうだな、肺が酸素を吸い込めて居ないのだろう、口の中も咽喉も乾いている筈だ。いつの間にか長期戦の様相にまでなったが、体格の違いで体力も自ずと変わる。
 頬に走った赤い線や、所々が破けてしまった服。その布の隙間から覗く腕や足には同じように赤い傷跡が隠れていた。浅いそれはギリギリで避けたのだと判る、が、これが本当に本当の戦場であったならば、相対する敵が本当の敵であったならば、刃に毒が仕込んであっただろうに。傷口から回り込む、痺れ薬か、遅効性の毒か。情報を吐き出させる時間を作り出す性質の悪い何かが。
 けれど、本当の敵とは何を指して言うものか。
 ひとたび、互いに学園の外へ出て忍務に就く時には、必要とあれば自身の得物の刃に毒くらいは仕込んでおくのが基本ではなかったか。違うのは此処が学園の中だからだ。なら侵入者を捕縛した、先日はどうだった?
 学園の創始者であり頂点であり、そして名前を馳せた忍者でもあった学園長の首をと臨む刺客は存外に多い。それらを撃退し、時に捕縛し、時に始末するのは教師と最上級生である自分たちの役目だった。下級生には未だに早い闇の理であり、最上級生としての揺らがない心を図る試験でもあるそれ。時に、思いつきなどと言うくだらない行事を催すよりもよっぽど性質の悪い、狸の考えそうな。
 殆ど距離の無い互いの間を裂いて、蹴り上げられた足が肩まで届いた。
 暗黙の了解とも言うべき不可思議なもので、手裏剣や苦無、忍刀などの基礎的な武器は使用したとしても、火気や暗器のようなものは互いに用いないという決め事がある。此処に来る途中まで、それこそ庭のあちこちに互いの手裏剣は落ちているだろう。誰かが拾って持ち帰っているかもしれないな、とこそりと思う。そして苦無は足元で模様を描いている。
 嗚呼、後は互いの体術のみか。
 思い至っていると数瞬の油断に似た気の緩みを縫って、軽い蹴りだった片足のそれを追った、もう一方の足が同じ場所を蹴るという二撃目が繰り出された。時機、蹴る場所、蹴り方、体重の乗せ方、悔しい位に絶妙のそれに煽られて体が仰け反る。
 頭蓋骨の中で脳みそが揺れ、盆の中の水が流動体であるが故に平衡感覚を持ちにくいのと同様、体が地面へと倒れこもうとするのは自然の法則だった。否、此処で下手に姿勢を維持しようとして隙を作るよりも、地面への吸引力に身を任せて体を反転させ、態勢を整えた方が何倍も良い事なのだと体が勝手に理解している。
 日ごろの鍛錬の賜物だと言えば誰もが納得するであろう反射を身に着けている体を信頼して背中を僅かに丸めれば、けれどやはり男も鍛錬を重ねた反射を知っていた。
 両足が地面から離れていた男は、人の肩を足場にした反動で身軽に空中を回転してみせる。その尻尾を掴んでやろうと思ったのに、それをさせない素早さを、切れ切れの呼吸の合間でよくもするものだ。
 回転した体が宙から地面へ、鋭い速さで落ちてくる。降り立つ場所は狙い定められていた。
「………っ」
 やはり、肩。
 受身を取ろうとした動きさえ見透かして、反転しようと腕を着く前に肩へと触れ、そして巻き込むように同時に地面へ。衝撃で右肩の関節が外れたのが判る。
 拷問の授業も終えたと言うのに、漏れてしまった声が苦痛を滲ませてしまった。恥ずかしいような、悔しいような、そんな感情を持っている事自体が場違いだと正してくれるような輩は今居ない。
 そして正してやるものかと笑う、男が居る。
「どうした?」
 対峙してから半刻か一刻か、それ以上か。
 最初こそ居た見物人も居なくなり、人の気配が遠くにある。長い、長い始まりからの時間の中で、まともに聞いた久しぶりの声だ。
「俺の勝ちだな?」
 確認なぞするな、忌々しい。そう言えば満足でもするのか、眉を寄せた表情は疲れ以外の何かを含んでいる。
 赤く腫れ上がった頬、無数の切り傷、瞼の上から流れる赤い筋は拭われない儘で未だに顔の輪郭を滑っている。それもきっと互いに同じようなものだろう。火照った体では汗なのか血液なのか判らない、冷たささえ思う液体で一括りだ。ただ少し、鉄臭いくらいか。
 殴り合い、命のやり取りに近い刃の混じり合わせをしていた興奮の所為で血が流れるのは止まらない。常ならばとっくに固まっていよう筈の、薄く塞がろうとする筈の体の機能が壊れている。嗚呼保健室に行けば怒られるが、行かなくとも怒られるだろうな。否、それ以上にこの汚れた格好で部屋へ戻ろうものならば同室者に息の根を止められかねん。
 そういえば今日は、何故こうなってしまったのだったか。いつもはもっと熱くて、譲れないものを持って拳を振り上げて居た筈だのに。そしてそれがただの意地の張り合いへと移行して、語り合うような。
 ぽた、と頬に降ってきたのは赤色の水だった。
「どうした?」
 問うと男は眉を寄せた顔の儘、流れる汗とも血液ともつかぬ液体を腕に巻いた布で拭う。視線さえも逸らして、答える素振りを見せない。
 どうした、と再度返せば視線が恨めしそうに向いた。嗚呼、その目に宿るのが怒りの感情ではない理由が知りたいのだけれど。
 留三郎、と呼ぶと唇が漸く動いた。
「どうした、はこちらの言葉だ。始終、上の空ではないか!」
 忌々しいと言う。それで勝っては何の意味も無いと、この男らしい言葉と声が下りてくる。
 そうか、上の空だったか。なぞと確認する必要のない程に今日の自分は確かに可笑しい自覚はあった。まるで全ての行動に、事象に理由を求めようとしていた気がする。解説野郎のように解説でもする気だったのか。
 そしてそれが男の自尊心を傷つけるには充分で、肩を負傷するにも十分な理由になり得るだろう。すまない、と言ってやれば更に塩でも塗りこむか。
「それでも、外す事は無いだろうが」
 未だに肩を踏みつけている足を左手で叩けば、その振動で肩が揺れた。痛みに脳が揺らぐ。
 既に臨戦態勢とも言うべき緊張は解けてしまい、鏡があって覗き込んだならば恐らくは雨が降っても可笑しくはない程には穏やかな表情をしている自覚もあった。もっとも、相手の男の顔は不快を語っているのだから無理ではあろうが。
 どうして、と再度漏らしたのは男の方だ。
 留、と呼ぶと弾かれたように視線が合う。肌を滑る赤い水が、雨のように頬に降った。

「済まない」










(殴り合う他にお前に触れる方法がないのか思案した)(殴り合う事でしかお前と語れない歯痒さを思った)
 何故だろうな、今更になってお前の顔をきちんと見ている気がするんだ。
作品名:何故だろうな、【文食】 作家名:シント