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寒波の夜

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どこまでも深い星空が広がる夜。
今年一番の冷え込みを告げる向かいの店のテレビをよそに、その少女は通りで人に声をかけ続けていた。
「ランボルギーニはいりませんか。」
「…。」
彼女の呼び声に振り向くものはいない。終業後の喧騒もひと段落ついた通りにか細い声が広がる。
「ランボルギーニはいりませんか。」
ただひたすらに冷えた空気を振動させ誰かの意識に残ろうとするが、その思いは通りの人の間をすり抜ける。
「はぁ、今日も一台も売れない。」
少女のほほは寒さで赤く染まり、手は冷え切って恐ろしいほどの白さをみせていた。
声を出すたびに冷えた空気で喉の奥をズタズタにされ、唾液を飲むことも難しくなった頃、少女は店の中に戻った。
ここ最近の信用不安による不況で売り上げが芳しくないため、店には暖房にまわす余裕もない。
照明を落とした店内で少女は冷え切った体を展示車の前まで運び、伝統の跳ね上げ式ドアを開けた。
低く、抱かれるようにして本皮のシートに身を預けるとそのままドアを閉め、赤いカバーに覆われた始動スイッチを
深く押す。触れたスイッチは暖かかった。
室内に計器類の明かりが燈ると同時に甲高くも力強い音が後ろからやってくる。
それは少し前の彼女と同じように冷え切った空気を震わせるが、徐々に空間を満たし、心地よい世界を造りはじめる。
少女はこの音が好きだ。少女の母が、そして父が何よりも愛した音である。この音を聞くとまだ両親が生きていたころ
の楽しかった思い出がよみがえってくる。二人の笑顔をはっきりと思い出せるのである。
「お母さんが残してくれたお店だけど、もう潮時なのかな。」
少女の父が亡くなった後、店に入り、そのまま亡き父の後釜に座った男は最初こそ店を支えたが、
少女の母亡き後は店の金を使い込み、少女に無理なノルマを課し、金がなくなれば怒鳴り散らす体たらくだった。
「……寂しいよ。お母さん、お父さん。」
売り物を汚すわけにはいかないと顔を袖でぬぐうと、暗いはずの店内から光が車内に差して来るのを感じた。
顔を上げると不思議なことに目の前に春の日差しに照らされた並木道が広がり、木漏れ日が車内に降り注いでいた。
あまりの事にあわててエンジンを切る。すると心地よかった音が遠ざかると共に不思議と暖かい景色も薄らいでいった。
眠ってしまったと思った。売り物の中でこんな事していたと知れたら怒られる。いやそれだけでは済まないかもしれない。
恐怖と後悔が少女を襲い、鳥肌が広がるのを感じるが触れた体は先ほどとは違い冷たくなかった。
不思議に思った少女は、いけないと知りつつ、もう一度始動スイッチを押し込んだ。今度は驚くほど冷たかった。
すると車内を懐かしい音が包むと共に、まばゆい光が当たり一面に広がり、やがてその中から先ほどの並木道が
現れはじめた。最初はどこかわからなかったが、徐々に古い記憶が蘇ると共にはっきりと認識した。
入学式の日に少女が通った学校への道である。
「いつまで車のなかにいるんだ、式が始まるぞ。」
やさしくかけられた声に振り向くと窓の向こうに少女の父と母が立っていた。
驚きのあまり声が出ない。
「ほんとうにこの子は恥ずかしがり屋さんなんだから。」
綺麗な声だと思った。母が一番幸せだった頃の声だ。
「仕方がない、先に行って受付だけでも済ませてくる。」
父が遠ざかる。そこに一抹の不安を感じた少女は文字通りドアを跳ね上げ外へ飛び出る。
「待って。置いていかないで。」
ゆっくりと振り返る父の顔は笑っていた。
「置いていくもんか、かわいい娘の晴れ舞台なんだから。」
そして少女は父と、母の手につながれて校門をくぐり、会場に向かった。
その間、父はずっと声をかけてくれた。式が終わったらドライブに行こう。海沿いを走って昔よく行ったレストランに行こう。
みんなでハヤシライスをおなかいっぱいに食べよう。時間が余ったら学校に持っていく文房具を買いに行こう。
少女にとっては初めて見る人ばかりで少し不安ではあったけれど、楽しくてしょうがなかった。
ずっとこの日が続けばいいと本気で思っていた。

翌日新聞の地方欄にある記事が載った。
「自動車販売店で女性従業員が一酸化中毒死。」
「店内の石油ストーブが空のため警察は閉店作業中の事故として処理。」
出来上がった記事を書いた本人が読み返し、仕上がりを確認する。仕上がりは問題ないが内容には疑問だらけだった。
それは第一発見者の「涙の後があったが、幸せそうな死に顔だった。」という証言が気なっていたからだった。
作品名:寒波の夜 作家名:take