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なかない子供

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目の前の後輩は生まれてこのかた、泣いたことがないと言う。








「少なくても物心がついたときから泣いた記憶は無いですねー。」


転んでも泣かない強い子でしたし、っと真波が笑う。
たぶんそれは、強いというより鈍い子供だからだったんじゃないか?
転んでも立ち上がるのが面倒で地面で寝てしまったり、血が出ててもそのまま遊んでいたりするような。

「昔のことは委員長に聞いてみないと。」

三角眼鏡をした、あの女子か。
恋する乙女は美しいが、あの子も難儀な相手を好きになったものだ。

「あ、東堂さんはどうです? これまでに泣いたことってありますか?」
「当たり前だ。」

昨日だって巻ちゃんにメールを拒否されて泣きそうになったし、この前は新開たちと一緒に寮に設置されたTVでフランダースの犬を見て号泣した。
あの福ですら泣いていた。
荒北は途中で離脱したが、泣く姿を見せるのが嫌だったんだろう。
あれには見たもの全員を泣かす恐ろしい力がある。
他にも泣いた経験は幾らでもあった。
スポーツをしていれば、それこそ数え切れないくらいだ。人間は万能ではない。
泣くし、憎むし、笑うし、様々なものを介して、人としての生を謳歌する。
でも時々

「へえー!すごいなー!」

この後輩だけは、坂の上に、人生の喜怒哀楽を置き忘れてしまったのかもしれないと思う時がある。
それも「喜」と「楽」だけがあって、「怒」と「哀」が眠ってしまった状態。
真波を怒らせることは出来ない。
レースで抜かれても真波は楽しいと感じる。
一度は負けても二度目には彼が勝つ。
勝者が優越感に浸るヒマもなく、登る喜びをフルに楽しむ真波がその背中を追い抜いていく。
そういう現場をオレはこの数ヶ月、何度も見てきた。
誰も、真波に敗北を味あわせたことがない。
逆に言えばオレは、坂の上以外で、コイツが本気で喜んでいる姿も、楽しんでいる顔も、見たことが無い。

「でもね東堂さん。」

後輩が、いつもの笑顔で笑いかける。

「オレ、東堂さんが自転車を辞めたら、さすがに少しは“ ヤダな ”って感じると思うんですよね。」

真波が弱音?と思った瞬間、耳の横で、鼓膜を打ち破るような派手な衝突音がした。
壁に凭れ掛かっていたオレの前に立ちふさがるように、背後の壁へと真波の両手が叩きつけられた、音。




「そしたらオレ、初めて泣いてみようかな」




逆光。




「ロードレース、辞めちゃ駄目ですよ。」

嬉しそうに声を弾ませながら壁から両手を外し、真波はオレから離れる。
駐輪場に向かって鼻歌まじりで歩いていく姿は子供そのものだ。



あの逆光の中でオレに見せた顔を
自分自身にもすっかり隠したまま、真波はまた坂の上に帰っていく。


作品名:なかない子供 作家名:山梨