Spilt milk
「佐藤くんは本当に轟さんのことが好きなんだね」
キッチンの〆作業中に相馬がふと呟いた。
「でも轟さんは店長のことしか見えてないけど。ねえ、それって辛くない?」
相馬はいつものごとく表情が読めない。いつ見ても穏やかに笑っている。
けれど表情が読めないのはお互いさまで、佐藤もいつものような無表情で相馬の頭を軽くはたいた。
「うるせえな。さっさと片づけろ」
「はいはい。佐藤くんは乱暴だなあ」
店長はさっさと帰ってしまっていたので、佐藤が鍵を預かっている。
なので、キッチンの片づけが終わらない限り帰宅することができない。
フロント組はとっくに帰宅してしまっており、山田も天井裏へ引っ込んでいた。
つまり、今この店にはふたりだけ。
気づまりに感じるのはおかしい。
それはわかっている。
付き合いはそう短くもないし、同じ仕事をしている気やすさもある。
けれど佐藤は、相馬とふたりきりになるのは苦手だった。
言ってはいけないひとこと。口にしてはいけない言葉。
それを口にされるのではないかという危機感があった。
その言葉が何なのかはさっぱり分からなかったが、それは、今まで積み上げてきた何かを破壊するだけの威力があることは確かだった。
「でもさ、佐藤くんの片想いも長いよね」
「仕事しろ」
「それだけ報われない思いをしてて辛くならない?」
取り合わない佐藤に構わずに相馬は言葉を続ける。
「俺は辛いよ?」
「……なにが」
「報われないのは」
でもそれでも止められないから恋愛って難しいよね。
相馬はにっこりと笑う。
佐藤は思わず手を止めた。
駄目だ、やめろ。
心のどこかで警告音が鳴る。
その先を、言ってはいけない。聞いてはいけなかった。なのに。
「俺はさ」
「……相馬」
「佐藤くんが好きなんだよ」
ああ馬鹿、なんでそれを言ってしまうんだ。聞きたくなかったのに。
これでもう、元のままではいられない。
作品名:Spilt milk 作家名:774