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四本目の毒無し瓶

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 本当は目を逸らしたかったけれど、先に逸らしてしまえばなぜだか負けのような気がして意地でも逸らさなかった。この瞳が嫌いだ。所在ない様子で揺らぐ瞳が、気持ちを押し殺したような瞳が大嫌いだ。
 そして一つも似てないはずなのに、この瞳はどうしてか彼の瞳を思い出させる。彼の瞳とこの瞳は同じところを見ている――私には絶対に見えない何かを。なぜこいつだけと悔しく思うのだが、一方で見えなくてよかったのだと安心する自分もいる。
 でも私は、まるでその瞳が何を見ているのかを探るようにクロームの瞳を見続けた。否、睨み続けた。彼女は私の強い眼差しにおろおろしている。彼女を焼き殺してしまいそうな視線を、けれどやはり彼女もまったく似合わない並盛の制服のスカートを固く握り締めながらも私から目を逸らさない。
「・・・・・・どうして、私をそんな目で視るの?」
「――あんたが、憎いからよ」
「どうして、」
 子どものように問い続けるクロームにちっと舌打ちをする。彼女に問われると苛々する。どうして私があんたを憎んでいるかなんて、言わなくたってわかっていいはずなのに。
 でもそれは幻想で、本当の世界では言葉にしなくても伝わる気持ちなど何もない。言葉にしても伝わらない気持ちがたくさんあるのに、そうでない気持ちなんてどうして伝わるだろう。
「あんたの、その泣けばすべてが終わるだろうって態度が嫌い」
「・・・・・・」
「自分が一番不幸って顔してるのも嫌い」
「・・・・・・」
「・・・・・・なんで、なんであんたが泣くのよ」
 クロームはぽろぽろと声も出さずに泣いていた。泣きたいのはこっちのほうなのだ。なのに彼は私が泣くのを許してくれない。泣く女は嫌いなのだと思ったから泣かない女になったというのに、それでも彼は私より彼女を傍に置く。あまつさえ彼女だけは泣くのが許される――彼の隣で、だ。
 でも、それももうお終い。
「もう、泣いたって骸ちゃんは来ないのよ?」
「うん、」
「骸ちゃんはあんたを置いていくのよ」
「うん、」
 ちがう。彼が彼女を必要としなくなったのではない――彼女が彼を必要としなくなったのだ、無意識に。そんなこと、犬にも千種にもわかることなのに彼女は悲しむし私は知らないふりをする。だって悔しい。
「どうして、あんただけなのよ」
「・・・・・・」
「なんであんたは骸ちゃんだけを必要としなかったの」
「え、」
 この子には大事なものが増えたのだ。骸ちゃんのためだけに生きてきたクロームに、他に大事なものができたのだ。別にクロームにここにいてほしいわけじゃない。けれど、
「逃げるなんて許さない」
「え、む」
「あんただけ逃げるなんて絶対に許さない」
 六道骸という人物は甘やかな毒だ。私も犬も千種もきっとすでに毒に冒されている。一本目にも二本目にも、三本目にも彼は甘い毒を入れた。私たちはそれを飲み、そして彼から離れることができなくなってしまった。たとえ彼女のように他に大事なものができたとしても、骸ちゃんには及ばない。そうやって彼は私たちが彼から離れることを許さない。
 けれど骸ちゃんはクロームは許すという。クロームだって瓶を飲み干したのに。彼女が彼から離れるというのに何も言わない。いや、たった一つだけ言った。
「・・・・・・M・Mさん」
「なによ」
「私は骸様から離れません」
「・・・・・・」
「一度離れたとしても、必ず私は骸様のところに戻ってくる」
 そう、骸ちゃんも同じようなことを言っていた。クローム髑髏ではなくなるが、彼女は再びここに来ると。言葉の意味もよくわからなかった。けれど。
「M・Mさん、泣かないでください」
「泣いてないわよ」
「うん、でも泣かないで」
 彼と彼女は同じものを見ていた、今までは。彼女がその瞳でこれから何を見るのか、きっと彼でもわからないし私は未来永劫絶対に知ることはない。それでいいのだ。
作品名:四本目の毒無し瓶 作家名:kuk