この橋を渡って
星と星とを繋ぐ、光の橋だ。
今、リナがいるのは混沌と呼ばれる場所。
まぁ、行ったことの無い者が命名したのでそんな重苦しい名前となってはいるのだが、過ごしてみれば地上とあまり変わらない。
金色の魔王様直々にここに招待され、すでに数えるのも面倒なほどの歳月が経過している。
ここでリナより先に過ごしていた者の話によると、何でもあの光の橋は年に一度しか架からず、漆黒の星へと通じているらしい。
今日は、その橋が一年に一度だけ架かる日。
ここで過ごすものは皆、漆黒の星にも、そこで住まう者にも興味が無いため、橋が架かっていようと普段と同じ日常を繰り返していた。
リナはぼんやりと橋を眺める。
この橋が消えて、明日になってもまた同じ日常が繰り返される。
金色の魔王の手伝いでとある人物を襲撃したり、膨大な資料を整理したり…。
そういえば、一度もこの橋に触れたこともない…と気づく。
「せっかくだから一度くらい歩いてみようかしら」
リナは未知の地への進出を試みた。
ちょっと慎重に、光る橋に片足だけ乗せてみる。
感触としては、硬度が高いのか、石の上に立っている時のような硬く冷たい感じが足の裏に伝わる。
そのまま、ひょいと橋の上に乗っかって、進んでいった。
しばらく歩くと、対岸が見えた。
「あれが…漆黒の星?」
あちらに行くわけにもいかず、橋の上で立ち往生してしまった。
「帰ろうかな」
リナは結論を出し、くるりと半回転して元の所へ戻り始める。
「リナさんっっ」
後ろからぎゅっとリナを締め付ける誰か。
リナは振り返ることも出来ず、身を固くした。
「まさか…リナさんがいたなんて…こんな所で会えるなんて…」
顔は見えないけれど、その声で分かる。ああ、あいつだ…と。
「あんたこそ、漆黒の星にいたなんて思わなかったわ」
「あのお方に呼ばれましてね。…何でも魔族にしては珍しい検体だから、とのことで」
「ふーん…」
平静を装って話しているが、リナの心臓は鼓動の早さに耐えられず爆発しそうだった。
「リナさん、僕、今までリナさんに言えなかったことがあるんです」
「な…何?」
ゼロスはリナを解放して、向かい合う。
久しぶりに会ったゼロスは記憶にある神官服ではなく、見慣れぬ黒い衣を纏っていた。髪を一つに括った姿が新鮮で、一瞬どきりとしてしまう。
「好きです」
ゼロスはリナを愛おしそうに見つめて、そう告げた。
「な…何、言ってるのよ。魔族に…そんな感情…」
―あるはずないじゃない。
思っても思ってはいけない、感じても感じてはいけない、リナは今まで苦しんできた。無理やり押し殺していたのに、突然に告白をさらりとしてくるゼロスに、嬉しさと同時に憤りを感じる。
「それは、地上での束縛があったからです。今、僕を縛るものは何もありません。ここに来てリナさんへの気持ちを表現する術を知りました…僕、リナさんが好きみたいです」
純粋で飾らないその言葉はリナの固く閉ざしていた扉すら容易にノックし、そして…
「…………馬鹿っ」
「え?」
ゼロスはきょとんとリナを見つめた。
「……遅いのよ」
リナはふいとそっぽを向いて、ゼロスに告白に応じた。
「ねぇ、リナさん。来年もここで逢いましょう」
「うん、一年に一度だけ…だけどね」
生まれてきた存在が違うから、共にいることは出来ない。
そんな二人に、一年に一度だけ許される時間。
「また来年」
「うん、…またね」
二人はお互いの場所へと帰っていく。
リナは名残惜しそうにリナはゼロスの後ろ姿を見つめた。
気づいたゼロスはもう消えてしまいそうな橋を渡ってリナにとあるものを手渡し、そしてまた対岸へと帰っていく。
リナの掌におさまっていたものは小さな紙に紐がついたものだった。
紙にはこう書かれていた。
『また逢えますように ゼロス』
リナはゼロスの可愛らしい行動にくすりと笑って、橋の出来る場所に立っていた竹にそれを結びつけた。
「また来年…ね」
そしてリナは戻る。日常に。