二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ティータイム

INDEX|1ページ/1ページ|

 

 ノックもしていないのに、どういう仕掛けか学園長室の扉は勝手に部屋の内側へ向かって開く。誘うように。
 ドアも奇妙だったが部屋の中もまた奇妙だった。色とりどりのおもちゃに、何につかうのかわからない装飾過多な家具類。雪男は奥の執務机に座る影に声をかけた。
「メ――ファウスト学園長」
 メフィスト・フェレスという『悪魔の』名を口にするのは騎士団以外ではタブーだ。雪男はあわてて言い直す。その声に椅子ごと振り向いたメフィストがくす、と笑って、立てた人差し指を顔のまでちちち、と動かしてみせた。
「よくできましたね。でも今はメフィストでいいですよ」
「では、メフィスト・フェレス卿。なにかご用ですか?」
「そうですね……まぁ、ちょうどいい。お茶にしましょう」
 メフィストは机から立つと雪男をソファへと案内する。ピンクとクリーム色で装飾されたソファの下座に雪男は素直に座った。その間にメフィストがティーセットを用意し、紅茶を入れる。応接机の上からふわりといい香りが漂ってくる。
「先生をわざわざ呼び出したのは他でもありません」
 紅茶の蒸し時間用の砂時計をセットしてメフィストは雪男に向き直る。
「その後、お兄さんはどうしてますか?」
「僕にそれを聞くんですか」
 どうせ自分と兄の関係などつつぬけに決まっている。すまし顔で答えると、メフィストが芝居がかった仕草で雪男の隣に座り直した。
「どうかしましたか」
「少しも動じたりしないんですね、奥村先生は。面白い」
「どうせいつもと同じ、遊びなのでしょう?」
「さあて?」
 気を抜いてはいけない。目の前に居るのはれっきとした悪魔なのだ。たしかに養父であるところの藤本神父の旧友だし、今までの所雪男や燐が直接危害を加えられたことはない。誑かされたと感じることはあっても。メフィストは、かの有名なファウストを玩んだ悪魔の名を持ち、己が玩んだ相手の名を騙るような存在だ。
 と、メフィストが己の手袋の中指を噛み、右の掌を引き抜く。
「?」
 膝の上に手袋を落とすと、右手のほうで雪男の鎖骨のあたりを指す。その指がつつっと喉を上がってくるのに、思わず首をのけ反らせてしまう。
「いい反応です、奥村先生」
「なんのつもりですか」
 触れるか触れないかの距離で唇に辿り着くと、メフィストは手を引っ込めて己の人差し指にキスをした。
「どうせ触るなら手袋ごしではなく、素手のほうが良いでしょう?」
「貴方も好きですね」
 あえて冷ややかな態度を崩さない雪男に、メフィストはくつくつと笑って手袋をはめ直した。そしてまたくるりと一回転しながらソファから立ち上がるとティーセットに手をかける。
「やめておきましょう。奥村先生にはお兄さんがいますからね」
「あなたに父がいたように、ですか?」
 ガチャリ。
 ティーセットが音を立てる。が、珍しいことにメフィストはそれを黙殺した。
「話を戻しましょう。お兄さんに、かわりはないですか?」
「報告するような事は何も」
 ふむ、とひとりごちるとメフィストは雪男の前に紅茶を差し出し、奥のソファへと座った。雪男が紅茶に口をつけるのを見届けてから自身も口をつけ、機嫌よさげに頷いた。
「しかし不思議ですね」
「何がです?」
「さっきからあなたは、まるでお兄さんのことを嫌っているかのように見える」
 今度反応したのは雪男のほうだった。ティーカップを運ぶ手が止まる。そしていかにも意識的にカップをソーサーに置くと、メフィストの目を見ながらさらりと答えた。
「嫌いですよ」
 目線の先でメフィストはまだ紅茶に口をつけたままだ。ようやく一口飲み終えると、ティーカップの水面を見つめながらメフィストは含み笑う。
「奥村先生も成長しましたね?」
「そうでしょうか」
「嘘がうまくなった」
「嘘に聞こえましたか?」
「どうでしょう」
 あくまで韜晦するメフィストに、いつものことだと雪男は平静心を失わないように己に言い聞かせる。
「一体、何が目的ですか」
「お兄さんが好きで嫌いだと叫びながら、泣いて縋るあなたを見てみたい。それだけですよ」
 雪男はハッとして向き直る。同じようなことを、つい最近言われたばかりだ。メフィストと同じ、悪魔から。
「見てたんですか?藤堂とのやりとりを」
「何のことです?」
 あいかわらずカップから視線を動かそうとしないメフィストと、思わず立ち上がりかけた雪男の間に沈黙が流れる。と、雪男は一つ大きく呼吸すると、そのまま立ち上がった。
「他に用件がないなら、これで失礼してよろしいでしょうか」
「ではひとつだけ、質問に答えてください」
 今度はメフィストもカップを置いて、代わりに胸の前で指を組んだ。
「もう一度聞きます。お兄さんが、好きですか?」
 好きか、だって?
 こんな風に自分の心を苛んでやまない、あの兄のことを好き、だと?
「嫌いですよ」
 にっこり笑って言い放つと、雪男はメフィストに背を向けた。

「ふう」
 バタン、と扉が音を立てて閉まるのを身ながら、メフィストはひとつため息をつく。
「私に藤本神父がいたように、ですか……」
 声音に一抹の寂しさを潜ませたのは、この悪魔の中の人間的なところだったのかもしれない。


     [終]
作品名:ティータイム 作家名:y_kamei