セーラー服ときかん坊
† セーラー服ときかん坊 †
「ねぇ、お願いディーノ…」
耳に口を付けて流し込むように囁かれた。
本部の執務室で仕事をしていたら恭弥が乗り込んできた。
思わぬ来訪者に俺は少しばかり驚いた。
入ってきた時に既に満足そうに口元が緩んでいたから、見張りを倒して来たのだろう。
紺のセーラー服の裾を翻し、かつかつとローファーの踵を鳴らして近付くと机の上に乗り上げて、ぐいっとネクタイを掴まれ冒頭に至る。
「おもしろいことするみたいじゃない」
「お前それどっから……って訊いても意味ないか」
恭弥の行動も情報網も未知数すぎる。
知ったところで止められないだろう。
ディーノはずり落ちた眼鏡を指で押し上げた。
「連れてけ」
「ダメ」
即答すると恭弥はムッと口をへの字に曲げた。
ちょっと可愛い。
「なんで」
「お遊びじゃないから。命を落とすかもしれないんだぞ」
「知ってる。だからおもしろいんじゃない」
恭弥は今度はニヤリと笑った。
やっぱり遊びだと思ってるじゃないか。
育て方間違えたかな?
「ねぇ、僕じゃダメ?」
しかも恐ろしいことを言う。天然なのかわざとなのか怪しいところだ。こんな事教えたつもりはない。
それに机の上に四つん這いになっている様が猫みたいで、胸元がちょうど目の高さなもんだから制服の隙間から谷間が見えそうで、これから一仕事あるっていうのに変な気分になりそうだった。
沈黙したまま攻防を続けていると、痺れを切らした恭弥がぐっと顔を近付けてきて、クアっと口を開けた。
「―ッ!!」
噛みつかれると思った。
しかし恭弥は俺が掛けていた眼鏡の中央を食んでゆっくりと眼鏡を外し、艶美に微笑んで見せた。
本当にどこでこんな事を覚えて来たのか…。
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「――って事されたら連れて来ちゃうだろ!?なぁ、ロマーリオ!」
ディーノが振るった鞭が意思を持つかのようにしなって次々と敵を倒していく。
「知らねぇよ。まあ、おかげで早くケリつきそうだし、いいんじゃねぇか?」
「よくないんだよ!」
ディーノが最後の一人を倒し、ネタを吐かせるために部下たちに敵を拘束するように指示を出す。
そしてディーノは敵地に乗り込んで早々にいなくなってしまった雲雀を部下と共に捜索した。
屍を辿った先に雲雀はいた。
もう既にほとんど蹴りはついていて、不気味な静けさがあった。
コンクリートの冷たく湿っぽい床の上に人が血塗れで転がっている。その中央に雲雀もまた血塗れで立っていた。
だけどそれは返り血だろう。トンファーの先から雫が落ちて床に血溜まりを作っている。
最後の一人となった男が、力尽きて雲雀の体にすがり付くように崩れていく。
その時に武骨な手が雲雀の身体の線をなぞるように滑るのを見てディーノは眉をしかめた。
そして膝を付いた男はしがみつくように雲雀の黒のタイツに爪を立て、ピーっと引き裂きながら遂に床に倒れた。
息絶えた男は恍惚とした表情で目を開けたまま動かなくなった。まるでメデューサに魅せられたかのように…。
雲雀は熱っぽく息を吐き出すと、真っ赤に濡れたトンファーに口付け、ねっとりと舌を這わせて血を嘗め上げた。
そのうっとりとした表情が、セックスをしている時に似ているのだ。
戦う時には滅多に見せない笑みを見せ、溢れる言葉は吐息混じりで、全身から匂い立つような色香を漂わせる。
敵は皆その魔性の美しさに魅せられ、一瞬にして葬られる。
故に雲雀は影で『ローレライ』と呼ばれていた。
美しい容姿と歌声で船頭を惑わせ、海に沈める美しき妖精。
だからディーノは雲雀を連れて来るのは嫌だったんだ。
そんな姿を知るのは自分だけでいい。他の野郎になんて見せたくない。
「帰ったら、お仕置きだな」
-END-
作品名:セーラー服ときかん坊 作家名:鳴倉(なりくら)