貴方に・・・
近くの公園で自主練をしようと朝早く向かったがそこに居たのは皮肉屋のアイツ。
「なんで居るんだよ…狩屋。」
誰も居ないと思っていたそこには狩屋が当たり前の様にブランコに座って居た。
「え?居たら悪いんですか?」
「いや…悪くは…ない………が。」
「じゃあ、そんなに嫌そうな顔しないでくださいよ。」
「い、嫌そうな顔……してるのか!?」
俺は思わず手にもっていたボールを地面に落としてしまった。
「ちょっと先輩っ……はははっ…。」
そう言いながら笑い始めた狩屋。
俺の反応がそんなに面白かったのか…。
「そういえば狩屋。体は大丈夫なのか?」
狩屋とは小学生からの付き合いだが、6年生になった頃から急に心臓が悪くなったらしい。
俺と狩屋は1年差が有るからそのときの狩屋のことは俺はよく知らない。
そして俺が中2、狩屋が中1になった今でも通院は続いている。
「今のところは大丈夫ですよ。
今日は特に調子が良いですし。」
「そっか……。」
どんな反応をしていいのかが俺には分からない。
喜ぶのは違うし…かといって悲しむのも違う……。
だから決まって俺は曖昧に…無難な返事をする。
「あ!先輩はこれから自主練ですか?」
サッカーボールを指差しながら笑顔で話す狩屋。
俺は気まずくなる。
サッカーが出来ない狩屋の前で自主練をするなど、出来るわけがない。
「あ、あー………。えっと……いや、その………。
じ、自主練はやって来たんだ!
そう、やって来たんだよ!!」
そう言いながら笑って見せると狩屋はまた急に一人で笑い始めた。
「あはははははっ…………せ、せんぱ……いひひひひっ……っ………う、嘘……ぷっ……ふふふふふ…下手すぎですよっ……!!」
「な!?俺がう、嘘とか……付くわけないたろ!?」
俺が話しをするとアイツは腹を抱えながら笑い始めた。
「お前はほんとにっ!いい加減笑いを止めないと帰るぞ!!」
「あははははっ……わ、かり……まし………たぁ……っ。」
狩屋は必死に笑いをこらえようと口や腹などに力を入れているのがわかった。
「ふぅ……。で、先輩。練習しなくていいんですか?」
「いいよ…もう。」
「1日練習しないだけでどれだけ周りに遅れを取るか先輩、分かんないんですか?」
「……分かんないわけ…ないだろっ…。」
そう、分からない訳がない。
何故なら目の前に居る狩屋がそうなのだから。
「ですよねー…。あ、先輩。少しパスしてもらえます?」
「えっ?お前…体……大丈夫なのか?」
「今日は調子が良いって言ったじゃないですか。」
そう言って狩屋は急に俺の足元にあったボールを奪った。
「狩屋!先生からは止められてるんだろ!?」
必死で止めようとするがアイツは俺の言葉を無視しボールを蹴ってきた。
「あ、先輩すみません。」
狩屋が言ったと同時に俺の顔へとボールが直撃する。
「いっってぇっ!」
顔を押さえその場に座り込む。
「あははっ……先輩、大丈夫ですか?」
笑いながら俺の元へと走ってくる。
「お前は……ほんっと…変わらないな……。」
「そうですか?」
「そうだよ…。バカなところは特に小学生のままだ。」
「とりあえず誉め言葉として受け取っておきますね。」
「………お前のそう言うところ…尊敬するよ……。」
「先輩…そろそろ家に帰らなくていいんですか?」
「え?」
時計を見るとそろそろ朝食の時間だった。
親に迷惑だけはなるべくかけなくない。
「あー……ほんとだ。
じゃあ、俺は先に帰るぞ。
狩屋、お前もそろそろ帰れよ?」
「分かってますよ。」
「じゃあな!」
「はい。」
俺はまた、サッカーボールを持ち、家に向かった。
「それにしても……今日の狩屋。やけに笑ってた…な……。」
道端で思わず疑問を声に出してしまった。
「ま、そんな日もある……か。」
また一言口に出して家へと向かった。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――えっ?
今、なん……て………………?」
「はぁはぁはぁ……っっ…………はぁはぁ……っ……。」
なんでなんでなんでなんで………っっ!!
俺の頭の中にはただ“なんで”と親から聞いた言葉だけが渦となって回っていた。
「狩屋っ!!」
そこにはまだ公園のブランコに座っていた狩屋がいた。
「あー……先輩だぁ…。」
狩屋は力なく笑いながらそう言った。
「狩屋……」
「先輩……ひどい顔…してますよ……?」
「だ…れのっ……せ………っ」
「知ってますよ……俺の…せい………ですよね…。
ねぇ……先輩…なんで………なんで……泣いてるんですかぁ………?」
あ、俺……泣いてるんだ…。
馬鹿みたいだ…。
自分でも泣いてるのに気付かないなんて…。
違う……そんなことじゃなくて……っ。
「だって……お前っ………今日………っっ!」
「はい………そうです……。
俺………………死んだんです………。」
そう言って狩屋はまた笑った。
「なん……で…うっ………うぅっ…。」
「何て言うんですかね……。きっと……やり残したこととかが…………多かったんでしょう………………ねぇ…。
あぁ……例えば………先輩への“告白”…………………とか…………。」
「……………………え?」
「……………なんて……言ってみただけですよ……………。」
「あ、あぁ………なんと…なく………な。」
「あー……。そろそろ逝かなくちゃいけないみたいです…………。」
「えっ!?ちょ……狩屋!!!?」
「先輩………もっとっ……もっとっ………素直にしてれば良かったっっ!!
先輩ともっともっとっっ!!
沢山先輩と話せば良かったっっ!!
先輩……霧野先輩っっ!!!」
狩屋の体が次々に光へと変わっていった。
俺はただ狩屋の名前を叫び続けることしか出来なかった。
「狩屋っ!狩屋狩屋狩屋っっ!!!!」
「先輩っ!霧野先輩っっ!!!!大好きでしたっっ!!霧野先輩大好きですっっっ!!!!!!大好きなんですっっっ!!!!!!!!」
――刹那粒子となって空に舞う――
「あぁっ……うっ…うぅっ…………っっ!!」
俺はただその場に倒れ込み嗚咽を溢す。
狩屋の“大好き”という言葉が頭から離れずに頭の中で反響する。
「……ううっ……………かり……やっ……………。
大好きだ……………。」
俺の言葉は音もなくただ静かに涙と共に地面へと落ちた。