REBIRTH
絨毯のようなふかふかな芝生の上で、二人は寄り添っていた。
「ねぇ、リナさん」
「うん?」
「春ですね」
「そうね、ちょっと前まで冬だったのに……」
「もうリナさんと会って3年ですか」
「まだ3年、って感じよ。
ゼロスに初めて会った時、初対面って感じがしなかったし」
「僕たち、前世で会っていたんでしょうか」
「そうかもしれないわね。だとしたら、あたしは随分長い間ゼロスのお守りしてるってことね」
「お守りって……」
ゼロスがリナの顔を覗きこむと、イタズラっ子みたいにぺろっと舌を出していた。
「なんてね。
あたしだってこんな性格だから、ゼロスも大変だったかもね」
「大変ではないですよ。
リナさんといると毎日が飽きません。
あなたのような女性なら、何度出会ってもいい」
「……よくそんな恥ずかしい台詞さらっと言えるわね」
「真実ですから」
ゼロスはにこりと微笑む。
恥ずかしさと、嬉しさとで、リナの頬が赤く染まった。
赤く。
赤く。
でも、今は、何の赤だっただろう。
「リナ!!!!」
耳元で大声を出されて、リナの意識はぼんやりとしながらも、出口に向かった。
『いきなり耳元で叫ばないで』
と言おうとしたが、口が動かなかった。
とりあえず起き上がろうとしても身体が動かない。
疑問の答えを導き出すために記憶の糸を辿った瞬間、両腕両足に激痛が走った。
目線だけ何とか下を向けると、リナの身体は力なく横たわっている状態だ。全身に酷い傷を負って。
「良かった……気づいたんだな」
ガウリイが泣きそうな声で語りかけ、額を撫でた。
「アメリア……リナが起きたぞ」
「リナさん……」
アメリアも小走りでリナの元へ駆け寄った。
「良かった……ダメかもしれないと思いました……本当に、良かった」
リナは戦闘中に酷い怪我を負い、ここに運ばれたのだ。
「今はゼルガディスさんやシルフィールさん、ミルガズィアさん、フィリアさん達が結界をはってしのいでいますが……正直、いつまでもつか」
『あいつは楽しんでるだけよ。本当は結界なんてあいつの実力から見れば意味がない。あえて獲物に希望を持つ時間を与えているだけ』
そう言いたいのに、言葉にならない。
この怪我は、あいつ……ゼロスにやられた。
いつものように食事中に無遠慮に割って入ってきてホットミルクを頼んで、こう言ったのだ。
「リナさんを殺すことになったので、歯向かう気なら準備しといて下さい」
……と。
ジョークではない。
ゼロスの上司からの命令である。絶対服従の魔族にとって、確実に遂行するべき命令。
それから数日後、あたしを助けるために集まってくれた仲間とゼロスとの闘いが始った。
「一瞬でしたね。リナさんをボロボロにするのは。
もう少しだけお仲間もねばってくれると思ったんですが……所詮この程度なんですね、残念です」
ゼロスは底のない漆黒の瞳でリナを見下ろしている。先ほどまでアメリアがそうしていたように。
今は、アメリアもガウリイも部屋の隅で倒れている。ゼロスがやったのだ。
「リナさんが回復したら、もう一度と思って待っていたんですが、待ちくたびれちゃいました。
竜族のお二人が回復係になればいいのに、無意味な結界なんて張ってるんですもん」
やはりゼロスには結界なんて意味がなかったのだ。
『殺しに来たの?』
声が出なくても、ゼロスには伝わる。
「結果的にはそうなりますが、一先ずは違います。
はい」
ゼロスが錫杖をひと振りすると、リナの怪我は治り、身体が動くようになった。
「なーに治してんのよ」
「もう一度勝負がしたくて」
「それならさっき、あんたが完全勝利だったじゃない」
「それは先ほどの状態で……ですよね。
今は、リナさんの肩にはお仲間の方の命がかかっているんですよ」
視線をガウリイとアメリアに向ければ、二人とも浅いながら息はある。
「外にいた方々も同じ状態です。瀕死ですが、死んではいません。
この状態になったらあなたはどうするんですか?」
愛を囁く男のように、うっとりとリナに語りかける。
「決まってるでしょ。
闘って……勝つ」
リナは立ち上がる。
以前よりむしろ身体が軽い気すらした。
恐るべし、獣神官。
リナはゼロスと向かい合った。
場所はどっかの砂漠。
ゼロスに瞬間移動で連れて来られたので、ここが地図上でどの位置かは分からない。
「あんた、あれだけ嫌ってた冥王に似てきたんじゃない?」
「嫌ってはいないですよ。冥王様は強引に物事を運ぶ、魔族の鏡のような方でしたからね」
強引に、という単語をチョイスするあたり尊敬の『そ』の字も感じられない。
「あたしが勝ったら仲間を返してよね」
「もちろんです」
その可能性が1%を切っていることも知っている。
だが、リナには他に選択肢がない。
先ほどの夢が唐突にフラッシュバックする。
集中しなくてはいけない局面だと言うのに、あり得ない妄想を思い出してしまう。
あれはリナが望んだことなのだろうか。
「ねぇ、リナさん」
ゼロスが、夢の中のゼロスと同じように語りかけてきた。
「うん?」
あえてリナも夢と同じ返事をしてみる。
「僕は、よく分からなくなってしまったんです。
リナさんを殺すのは簡単です。
ですが、それでは満たされない。あなたが最後に見る景色が、最後に考えることが、最後に話す言葉が気になってしまい、なかなかあなたを殺せない」
ゼロスから放たれる強い障気で頭がクラクラした。
「僕は、あなたといると狂ってしまう」
ゼロスの姿がかき消え、同時に大きな爆発が起こった。
黒い刃がそれを切り裂く。
黒い。
黒い。
「あっ、起きた!」
「!」
ゼロスはいつの間にか眠ってしまったらしい。リナが膝枕をしてくれている。
「もう陽が落ちたわよ」
昼間はあんなに明るかった公園が、今は暗くなってしまっていた。
「夢を……みていました」
「うなされてたけど、悪い夢だった?」
「僕とリナさんが闘っていました。前世の夢だったのかもしれません」
「で、どっちが勝ったの」
「それだけは……思い出せませんでした」
「そっかー……でも、ちゃんと闘ったみたいだから、それならそれでいいや」
「どうして、そう思うんですか」
「もし相討ちしたり、自殺したりすると転生出来ないの。
今あたし達がこうやっているってことは、しっかり闘ったってことでしょ。
ならいいじゃない。
運命を自分で切り開いたから、今があるのよ」
当たり前のことを言うように運命について語る。
きっとこの魂の強さに惹かれたのだろう。
あのゼロスも。
そして、恋をしたのだ。
生まれ変わって、また会いましょう。
それがあなたの最後の言葉。