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ランサー陣営が冬の海に行く話。

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鼻先を掠める風には雪が交っていた。
寂れた海岸。灰色の雲が遠くから雷鳴を轟かせる様子は、幼子が見たら泣いてしまうような陰鬱さだ。黒々と押し寄せる波が砂浜を侵す、その手前で燃えるような赤が佇んでいる。
海が見たいと主の婚約者が呟いたのは、我が主が拠点にしていたホテルを魔術師殺しに破壊されて少し経ってからだった。
「こんな汚い廃屋に、いたくないのよ」
どうせ、アインツベルンの足取りはもう掴めているんでしょう。
つまりは、主に対して自分のために時間を割けと言っているのだ。今の状況でどこに潜んでいるか分からない敵に姿を晒すのは危険だと主は仰せられたが、紅い髪の婚約者も一歩も譲らなかった。
「貴方に来てもらいたいわけじゃないわ、ケイネス。ランサーだけ貸してもらえれば、身の安全は確保できるんだから」
そう付け加えられたのが悪かった。主は鬼のような形相で俺を睨み、そして如何にも機嫌悪そうに婚約者であるソラウ様を見つめた。ソラウ様は主の背後に立つ俺に「ケイネスの婚約者であるわたしも、守ってくれるわよね」と微笑みを投げかけた。
かくして、我々は窮屈な四角い乗り物(タクシーとやら)の中に長時間拘束されながら目的地を目指した。霊体化せよ、という主の命令にソラウ様が「それじゃあ、もしもの時に反応が遅れるじゃない」と反対されたので、適当な衣装を見繕って頂いた。嬉々として服を選ぶソラウ様の姿に、俺はただ曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。
スーツにコートにマフラーと、どうして現代の装いは布を多く消費することに長けているのか不思議だ。それほど、裕福な時代ということだろうか。
車中、ここはもう冬木の土地ではないと主がソラウ様に仰っていた。前に座っていた主は一度も後ろを振り返ることなく、流れていく景色を面白くなさそうに眺めているだけだ。
こうして正午を回った頃、何もない冬の海に我々は降り立った。
石礫のような冷たい空気が、頬を切り裂いていく。騎士王の風もまだまだだなと苦笑していたら、視界に現れた赤に腕を引っ張られた。髪だけではなく頬も赤く染めた女性が、まるで乙女のようにはしゃいでいる。
「ディルムッド、もっと近くで波を見ましょう」
「ソラウ様、そのような格好では風邪を召されます」
「いいじゃない、靴くらい」
はためくスカートからすらりと伸びた脚を包む頼りない黒い生地(ストッキングとかいったか)が、砂と海水で汚れていく。勢いよく押し寄せる波濤に、ソラウ様は「すごい、すごい」と笑って喜んでいた。初めて見る景色なのだろうか。そう考えたら途端に腕を組んでくるこの女性に憐憫に似た感情を覚える。
どこか孤独をまとった赤毛の女。主一人にこの身を捧げた俺が持つチャームの呪いは、すべてまやかしだというのに。分かっていながら、それに浸ることで自己を保つ哀れな女。
ふと、視線を感じて振り返ると、乾いた砂の上で主がこちらを見つめていた。俺ではない、自分の婚約者の後姿を静かに見守っている。その青く穏やかな瞳に映る赤色は、それでも決して主の方を見ようとはしなかった。
主であるケイネス殿とソラウ様は良く似ている。本当に欲しいものはすぐ傍にあるのに、気付かないようにお互いそっぽを向いて同じ道を歩んでいるのだ。ああ、幸せを望もうと思えば容易かったであろうに、どうして。二人の視界を歪めてしまった原因は、全てが俺の業の深さゆえなのだろう。ならば、それさえもまとめて我が命に代えても守らなければ。今度こそ、今度こそ。
「ソラウ、靴が」
背後からの声に意識を目前に飛ばした。ソラウ様の脱いだ靴の一方が、遠い海原に攫われてしまっていた。赤い一点が鮮やかに波に漂っている。
「取ってきましょう」
そう主に大声を出した俺の手を、ソラウ様が強く握った。ぎょっとして頭二つ分下の彼女に目をやる。ソラウ様は荒れて渦巻く灰色の海を眺めながら、「帰りたくないわ」と呟いた。
「帰りたくない」
「それでも、私たちは行かなければならない」
さあ帰ろう、ソラウ。
いつの間にかソラウ様の隣に立った主が、彼女の手を優しく引いた。彼女は一瞬だけ泣きそうな表情を浮かべたが、本当に一瞬だけだった。分かっているわと無表情に言い捨て、ケイネス殿の手を振り払い今来た道を戻り始めた。濡れた脚元にまとわりつく砂を気にする様子もなく、婚約者と同じ歩調で歩く二人の姿は孤高だった。本当に、本当に良く似ている。
付いた足跡を汚さないよう、二人の姿を追う。もうしばらくすれば、槍のように鋭い吹雪が、痕跡を残した砂浜を更地に還してくれるだろう。
我々の後には、もう何も残らない。