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ソラケイっぽいケイソラの暗い話。

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破壊衝動だと思った。
意味のない言葉を叫んで口の中を切り刻めたら良かったのに。
意味のない書物を床に叩きつけて破り捨てたら良かったのに。
意味のない許婚の首を絞め上げて葬り去れたら良かったのに。
破壊衝動、破壊衝動。全て壊してしまいたい。
ソラウは、鏡の前の無表情な自分を見つめて嘲笑った。
薄汚い安ホテルの浴室を灯す電球は、ちかちかとモールス信号のように点いては消えていた。虚構と現実の間を彷徨っている亡霊だとソラウは思う。存在しているのかしていないのか、なんとも曖昧で希薄な人間が罅の入って歪んだ鏡の向こう側に突っ立ている。
暗闇に浮かびあがる貧相な裸の女にソラウは問うた。
『何も持っていない癖に、お前は何を壊すというの?』
ソラウは笑う。鏡の向こうの女も笑う。
ぶつんと、ついに電球が切れた。窓一つない密閉空間は一瞬で闇に還るが、ソラウは動じることもなかった。路地裏の汚らしい、娼婦御用達の安いホテルでは良くあることだ。男を買って金を支払うのはソラウの方ではあるが、はした金に他ならない。
温いシャワーを浴びながら、先ほどまで男を受け入れていた膣を指で掻きまわす。どろりとした体液が、腿の内側を伝って流れていく様を想像した。何千何万という子種を孕んだ白い汚物が無残にも捨てられていく。哀れであり、滑稽だった。意味のない、価値のない、わたしと同じ存在。揮発して風景に溶け込んで今日のうちに忘れ去られてしまう一時の思い出。
骨に響く鈍い音が浴室に響いた。
破壊衝動、破壊衝動。頭の中で赤い警告ランプが回り続ける。
遅れてやってきた痛みを無視して、ソラウは鏡のあったであろう場所から硬く握った拳を離した。そこは今は光を失った虚構でしかない。
すやすやと、まだ幼さを残した少年がベッドで眠っていた。ソラウが昨晩買った男だ。ソラウはさっさと身支度を整えると、鞄から血まみれの右手で財布を取り出す。無造作に札を掴んでベッドの上に放り投げた。眠る少年の上に散らばるそれは、まるで紙吹雪のようだ。
『綺麗ね』
綺麗なものは全て、壊したくなる。わたしが、壊れてしまったように。
ソラウは、逃げるように安ホテルを後にした。
朝霧が立ち込める街は、薄暗く静かだった。あまりの静かさに、もう何もかも死んでしまったのではないかとソラウは思う。そんなことは、ありえないだろうけれど。街燈が道を照らす温かさに目を細める。
右手が熱を帯びるのを感じるが、ソラウは無視を決め込んだ。
まだらに濡れた赤毛から、水滴が背筋に流れた。ひやりとした空気を吐息で震わす。帰り路が酷く遠いようにソラウには感じられた。あまりの惨めさに、子どものように泣き叫びたい気持ちになるが、唇を噛んで我慢した。
ソラウが許婚のケイネスが眠るベッドまで辿り着く頃には、もう夜も明けきっていた。巨大なベッドに横たわりながら本を読んでいる男は、彼女が唯一金を支払わなくても意のままに出来る玩具だった。
突然の訪問に、ケイネスは驚いたようにソラウを見つめた。彼は婚約者の尋常ではない様子に息を詰めたが、それ以上何かを言うことはなかった。
ソラウは汚れたブーツのまま男の上に跨る。ぎしりとベッドが唸るのが耳に心地よい。白いシーツは彼女の右手からだらだら流れる血で真っ赤に染まってしまった。
「ソラウ、手が」
「ねえ、ケイネス。わたしまた男を買ったわ」
「……」
「薄汚いホテルで貴方の嫌いな下賤の男に抱かれたの」
「ソラウ、それ以上は」
「貴方、こんなわたしでも抱いてくれる?」
ケイネスは泣きそうな顔でソラウを見上げる。薄い唇からの答えはない。その代りに、ケイネスは壊れ物でも扱うように、血で染まった彼女の右手を持ちあげると労わるように舌を這わせた。
『そうよ、それで良い。もうわたしが壊せるものは彼しかない』
ソラウは笑う。ただただ笑う。不器用な愛撫も、下手糞な性行為も、意味のない女が求められている事実を証明するためには必要だった。ここに確かに存在しているという現実が必要だった。必要だった。必要だった。壊して切り刻んで投げ捨てて殺すために、それを実行できる肉体が必要だった。
ああ、とソラウは声を漏らした。抑圧された破壊衝動がまた、暴れそう。
『わたしはいつか、この男を本当に殺してしまいそう』
ケイネスは愚かだから、それでも良いと困ったように答えるだろうとソラウは思う。馬鹿みたい、こんな意味のない女に夢中になるバカ。大馬鹿野郎。
一度で良いから泣いてみたいと、ソラウは思った。
すっかり晴れた窓際で、ソラウは小さな鉢に入った百合の花に水をやっていた。勝手にケイネスの部屋に彼女が持ち込んだものだ。浅いまどろみから目覚めたケイネスが、ぼんやりとソラウの後姿に問いかけた。
「それは、君の花だったのか」
「ええ、そうよ。百合根は美味しいし薬にもなるから、貴方にあげようと思って」
そうかとケイネスは力なく笑った。ソラウも感情のこもらない笑みをケイネスに返す。そうしていつか百合根の毒で壊してあげる、と心の中で呟く。静かに燻り続ける破壊衝動の爆発は、その時までとっておこうとソラウは思った。