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オトナのクスリ

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帝人は校門を出て帰路に就く。
 時間が時間なので、当然ながら学生よりサラリーマンの姿が多い。しかし場所もあるのだろう、駅に近づくにつれてスーツより私服姿や学生服の人の往来が目立ち、帝人もそんな人込みの一部となっており学生服で歩いていても違和感がない。
 そんな中、帝人は少しずつ自分の体温が上がり頬が熱くなっていくのを感じていた。
「はぁ」
 身体の重みを和らげようと自然に溜息が洩れる。下げていた視線を意識的に上げると頭の中身がぐらりと揺れるような気がして、思わず歩いていた足を止めると後ろから舌打ちをされた。
「あ……、すいません」
 謝る声もどこか張りがなく、舌打ちした人物は帝人を無視して横を通り越していく。その後ろ姿を遠い目線で見送ると再び溜息を吐き出して視線を下げる。そしてそのままゆっくりと歩き出したが、この時、帝人本人は気付いていなかった。その足取りがどこか危うげであることに。ふらりと歩く帝人を避ける人のが多いが、帝人の身体が少し大きく傾ぐと足取りもそれに伴う結果、人様にぶつかってしまう。
「わっ」
「あ、すいません」
 帝人が謝ると、ぶつかられた人は少し驚いたような顔をするがすぐに歩き去ってしまう。帝人はもう何度目になるかわからない溜息を吐き出すとよろける身体で何とか人波を縫って道の端に寄った。
 ここで立ち止まっている分にはきっと人の邪魔にならずに済む、と帝人は安堵の息を吐く。しかし身体の奥からゾワリと何かが這い上がってくるような感覚が身体を震わせる。帝人は自らの額に手の平を当てた。
「薬、早く効かないかなぁ」
 手の平を伝わる自分の体温の高さに思わずその場にへたりそうになる。しかし帝人は視線を上げると短く息を吐き出して再び自宅に向かい歩み出した。帝人が一人で暮らすアパートまでは、普段であればそんなに遠いわけではない。だが今の体調の帝人にとっては、その距離がいつもの倍以上に感じていた。

――僕んちってこんなに遠かったっけ?

 普段なら感じないような疑問が当然のように湧き上がってくる。だが、そんなことを言った所で家に着くわけではない。帝人は唾を飲み込み、短く息を継いでから自分を奮い立たせて、よろめく足取りで前に進もうとしたが、端に寄っていたはずの身体はバランスを崩して、すれ違った人に肩をぶつけてしまった。その瞬間だった。
「おっと」
「ひ、ぁっ!」
 触れられた肩の先から全身に何かが駆け抜けて行き、帝人は思わず甲高い声を上げる。しかしぶつかった反動で転びそうになった帝人を突然伸びてきた腕が抱き留めた。そのおかげで帝人は地面を見つめていたが、今の位置から更に地面が近づくことはなく思わず安堵の溜息を吐く。そしてゆっくりと瞳を上げると、自分を抱き留めている壮年の男と視線がぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
 謝る帝人を見た男は帝人の瞳の潤みを見るや、見つめたまま固まる。そして体勢を立て直した帝人に我に返ったように帝人から目を逸らす。
 その男の目にはどう映っているのだろうか、言葉を発しない相手に帝人は首をちょこっとだけ傾げるとおずおずと声を掛ける。
「あ、の……?」
「……! あ、いやその」
 首を傾げた帝人の視界が再び揺らぐ。それに伴うように身体がふらつくと、男ががっちりと肩を掴んで帝人の身体を支えてくれる。だが思わぬ声が帝人から洩れた。
「ぁンっ!」
 掴まれた所から刺激が駆け抜けていき、甘やかな声が抜けていく。その時に身体を支えてくれた男の喉仏がゴクリと鳴ったのだが、この喧騒では意識していない男自身も気付いていない。男は少しだけ顔を赤らめながら帝人に声を掛けた。
「だ、大丈夫? もし体調悪いならそこで……」
 少しだけ上ずった男の声は、そこから先を紡がない。帝人は不思議に思いながら男の顔を見ると、青ざめて帝人のもっと後ろを見据えたまま視線どころか顔一つ動かさず帝人よりも大きな体を小さく震わせていた。
「ダメだよぉ、良い大人がいたいけな少年をそこのホテルに連れ込もうなんて考えちゃさ」
「あ……、あ」
 帝人は自分の後ろから聞こえてきた少し間延びする声に聞き覚えがあるはずだが、本調子ではない身体は聴覚を鈍らせており、それを判別できない。ただ自分を掴んでいる手に力が込められると、そこから伝わる感覚に思わず眉根を寄せて目を閉じ小さく甘い音を鼻から抜けさせる。
 すると今度は、帝人の視界に入る位置に何やら棒が伸びてきた。その棒が正面にいる相手の耳を軽く叩くように動く。それを見た帝人がゆっくり振り返ると、視界の端に一人の男が入ってきた。
 男は顔面に走る大きな傷を隠すようにサングラスを掛け、派手めなスーツで身を包んでいる。そしてその男が持っていた棒の正体は杖で、その杖を帝人の肩を掴んだままでいる男に向けていた。
作品名:オトナのクスリ 作家名:おおとり