デリート
いつだったろうか、久しぶりに池袋に来て再会した時に公園で話をした時だったと思う。何気ない会話をしてしばらくすると、去り際に帝人は俺のことを呼んだのだ。
━━━━『正臣。』と
呼ばれた俺も驚いたが、それよりも帝人はもっと驚いていた。動揺を隠し切れないでいる帝人は唖然としている俺に話をしてくれた。自分には仲の良い親友がいたのだ、と。いつでも一緒で大切で何よりも守りたいものだと思っていたのに、その親友は行方知れずなのだと。そして、俺はその親友に雰囲気がそっくりなんだと話の最後に言われた。帝人の話を聞いて、確かに正臣とやらは帝人の親友だった、いや親友なのだろう。それは彼が行方を眩ませた今でも変わらない。しかし、それと同時に帝人が彼に恋をしていたんであろうことにも気付いてしまった。気付いて当然だろう、俺も帝人に同じ感情を抱いていたから。帝人のことを一番見ていたから。だから俺はかなりショックを受けた。帝人にどう声をかければいいのか分からず沈黙が続いた。そしてある考えが思い浮かんだのだ。
俺が『正臣』になればいい。
そうすれば俺の願いは叶うはずだ。帝人の傍にいて帝人を支える。そうずれば六条千景という人格を押し殺すだけで帝人のことを守れるのだと。だから今にも泣きそうな帝人に言った。
「俺が、正臣になる。」
お前が望むなら俺のことを正臣と呼んで構わない。正臣と接していた時と同じように接してくれて構わない。それがお前を支えることに、守ることに繋がるのなら。そう言った俺に帝人は少し逡巡する様子を見せると、しばらくして今まで見たことのないほど穏やかに微笑んだ。そして俺に言ったのだ。『お願いします。』と。
そうして始まったのだ。俺の成り代わりの日々が。他の奴にこの話をすれば馬鹿にするか、帝人のどこにそこまでさせる魅力があるのか、とおかしな顔をされるだろう。しかし、俺には帝人の魅力を説明することが出来ない。ただそうせざるおえないほどの何かがあることは確かだ。でなければ新宿の情報屋とか、かの有名な自動喧嘩人形、ましてや世界一のフェミニスト(帝人には女好きと言われたが)であるこの俺が男の帝人を愛するはずがない。とにかく帝人には人を惹きつける何かがあるのだ。だからこそ誰にも譲れないし、譲らない。帝人が未だに忘れられない正臣にも。
もう少し俺が成り代わる日々は続くだろう。しかし、いつか必ず来るのだ。帝人の中で紀田正臣よりも六条千景をとる日が。
「正臣。」
だからそれまでは俺が正臣という存在が帝人の中から消えてしまう餞別にそう呼ばれる度に喜んで振り返ろう。そしていつか戻って来た紀田正臣に言ってやるのだ。
━━━━『お前の居場所はここにない。』