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比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

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1. 微睡



 ―――ああ。また、夢を見ている。



 これは記憶なのか。
 それとも“彼”の魂が見せる幻影なのか。



 誰もいない楽園の中、咲き乱れる花々に耳を傾けているのは『わたし』。
 微風とともに現われたのは漆黒の髪と黒曜石の瞳を持つ者。
 寄り添うように背凭れる。
 耳元をくすぐるような穏やかな囁き。

『―――もうすぐ……時が訪れる』

『避けられぬ運命』

『天が動く。冥もまた連動し引き込まれていく。そして、地が乱れ、海がうねる……混沌が訪れる』

『あれはひとつの未来……』
 青い水の星が赤く染まり、やがて黒に変わり最後に灰のように消えていった。

『そして、もうひとつの未来―――私や君が望んだ未来』
 暗闇に浮かぶ青く輝く水の星。光に照らされより一層美しく輝いた。

『天が、裁くのではない。天を、裁くのだ。誤った秩序を破壊するために。たとえ片翼を失っても……振り返ることなく、嘆くことなく、飛び続けよ』

 ふっと気配が消え、暗闇にひとり取り残される。ひび割れる胸の痛みを覚えながら、暗闇に独り佇む。そして目の前に現れたのはハーデス。悠久の眠りにつくかのように安らかな寝顔。
 穏やかな眠りにつくハーデスに手を伸ばし、触れようと近づいたその時、ふわりと黄金の焔の羽根を持つ鳳凰が舞い降りた。
 ふたりの間を引き裂くかのように羽根を広げ、耳障りな甲高い鳴声を響かせ威嚇する。燃え盛る黄金の焔が、やがてハーデスを包み込んでいくのをただ呆然と見つめた。


 ―――ハーデス!


 声を限りに叫ぶ。
 叫んだつもりだった。
 声は音として発する事無く、空気を震わすのみ。無情にも焔は冥王を呑み込み、跡形も残さずに焼いていく。残酷な鳳凰の劈くような鳴声が高らかに響き渡った。

『冥界は俺のもの。そして地上を潰え、海を呑み込み天がすべてを統べる……必ず』

 鳳凰が舞い上がり、焔が襲い掛かる。その焔からは身の毛もよだつばかりの“絶対悪”を感じた。逃れようと身を捩っても、雁字搦めに絡みつく焔が自由を奪い、ただ残虐な光を宿す鳳凰の瞳が己を見つめた。

『ハーデスも、おまえも手に入れてみせよう。“父”には決して渡さぬ―――』

 背筋を凍りつかせるような声ならぬ声が脳裏に響き、嘲弄がこだまする。ぶわりと焔の羽を大きく広げ舞い上がった鳳凰は目映い黄金の輝きとともに、ハーデスの幻影をも連れ去っていく。
 名を叫ぶ声は失われたまま。
 喘ぐようにただ空気を震わせ、不安の渦に攫われそうになりながら、シャカは浅い眠りからやがて深い眠りへと堕ちていった。