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比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

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「―――何事が起きた?」
 血相を変えて来訪したカノンをたしなめ、ようやく落ち着いた頃を見計らったように声をかけたサガをカノンはじろりと一睨みしながら、声を潜めた。
「どうにもこうにもない。シャカは聖域にいるのか?」
「シャカ?彼なら、盟約に則って冥界に赴いているが」
「冥界か。厄介だな……そうか……冥界にいるのか」
 ぶつぶつと一人で呟き思案するカノンを訝しそうに見ながら、サガが真意を問い質そうとした。
「何か海界で拙い事でも起きたのか?」
 するとじっとサガを怪しむようにカノンは見つめた。不遜ともいえるその視線はサガの心証を些か害するほどだ。
「―――まさか、とは思うが。聖域も一枚噛んでいるということはないだろうな?」
「何のことだ?さっぱり話が見えぬ。何を疑っているかはわからぬが、おまえのその態度は気分が悪い」
 苛立ちを見せ始めたサガにようやくカノンは事情を語り始めた。
「―――あまり多くを語っている時間はないのだが、冥界側と海界でひと悶着起きている。酷い言いがかりのようなものだがな。向こうはちっとも耳を貸そうとしない。それにこっちの大将もなんだか怪しくなってきた。このままじゃ、全面戦争も時間の問題だ」
「どんな言いがかりなんだ?」
「秘密を漏洩するわけにはいかない」
 そうきっぱりと言い切られて、サガはぽかんと口を開けた。
「カノンよ……だったら、何故ここにいる?」
 呆れたようにサガは深い溜息をつくと「愚弟め」と小さく呟いた。耳聡く聞きつけたカノンは口を尖らせながら心外だとばかりに反論する。
「一刻も早く、おまえに知らせておいたほうがいいだろうと思って……事が始まってからでは遅いだろう!?そんな優しい弟の気持ちを無碍にあしらうつもりか?」
「わかった、わかったから……静かにしてくれ。とりあえず、シャカを呼び戻すにしても時間が必要だ。なんとか納められないか?」
「時間は稼げるだろうが、納めることは難しいだろうな。厄介な物がある限り」
「厄介な物?」
「あ……いや……その…だな…」
 興味を抱いたサガの目から、話をはぐらかすことはできそうにないと踏んだカノンはようやく観念した。
「俺にはよくわからないが、海皇がある物を手に入れた。それは本来地上にあってはならぬもの。なんだと思う?」
「勿体つけずに早く言え」
「―――面白みにかける男だな」
 ぼそりと本音を呟いたカノンをスッと細めた冷たい瞳で無言の圧力をかけるサガ。カノンは首を竦めて続きを話した。
「海皇が呟いていたのを耳にしただけなのだが。禍々しい気配を放つソレは“冥王の剣”らしい。いつの間にそんなものを手にしたのかはよくわからんが“貢物”とか。それを送ったはずの冥界側が返せと言ってきているんだ」
「貢物?だったら別段揉めることもあるまい。なぜ、冥界側が?それは本当に貢物なのか?」
「……だろう?海皇が勝手に貢物だと思っているだけなのかもしれないし、何らかの話が、冥王との間で交わされていたのかもしれない。だが、出自が怪しい。それで、冥界側の腹はわからないが、そんな厄介な物は返したほうがいいだろうと勧めたのだが―――」
「返せと言われれば言われるほど……手放し難くなるのが人の常、か。神もまた然るに」
「そういうところだ」
 苦笑を浮かべるカノン。応えるように同じ顔でサガもまた苦笑した。しばし沈黙したのちにカノンは表情をパッと明るくして、サガに尋ねた。
「考えようによっては今、シャカが冥界にいるというのを利用しない手はないな。冥界の……冥王の腹を探ってもらうことはできるか?」
「シャカに内偵させろ、と?」
 わずかに表情を厳しくしたサガに、誤魔化すかのように柔和な視線を送るカノンだが、ますます厭そうに眉を顰めたサガに深い溜息をついた。
「別に内偵させるとか、そういうわけじゃなく……拗れた問題をちょっと解決してもらおうかと……仲を取り持ってもらうことぐらいいいじゃないか」
「余計な揉め事に巻き込むことになるだろうが」
「どっちにしろ、このままいくと冥界に身を置いているなら害を被ることになるだろう?」
「そうならぬように努めろ」
「簡単に言ってくれるが、俺の一存でどうにかなるわけではない。トップの一声ですべては物事が流れていくというものだ」
 物悲しそうにカノンが溜息をつくと、つられたようにサガもまた盛大に溜息を零すのだった。