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比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

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「―――っ!」
 盾となる余裕すらなく、己の身を守るだけでアーレスは精一杯だった。
 ひとときの間、焔の揺らめきを見たのち、それを飲み込むかのような闇の気配に安堵する。
「―――ご無事か」
 燻る黄金の焔の中で佇むハーデスの傍に寄り、アーレスが声をかけながら仮面を外すと美しい眉根を寄せた。
「怪我を!?」
 その白皙の頬に伝う一筋の朱。何よりも美しい宝石に傷をつけられて憤慨するのだった。
「かまわぬ……この程度の傷、消えるに幾許もなかろう」
 ようやくハーデスが視線を合わすと、探るような瞳でアーレスを見据えた。
「何か?」
「いや……あの者…プロメテウス……?ティターン戦の折、一族を裏切ってオリンポス側についた男―――その男の名を出すとは。それに―――聞きなれぬ名を最後に言い放ちおった」
 それは直接にハーデスへと伝えられたのだろう。アーレスは耳にしなかったのだから。
「あの者はプロメテウスに縁ある者だったのでしょう。だが、あのように腐肉と化したものが神であるとは思いたくもない。まるで人間のように朽ち果てて」
 汚らわしさに嘆くといったように天を仰ぎ見たアーレスにハーデスは軽く頷いた。
「それで、聞きなれぬ名とはどのような?」
 探るような眼差しをアーレスは向けるとハーデスは額に手を当て、しばらく考え込む様子を見せた。頭痛に苛まれているかの様子にも見て取れたが、やがて豊かな黒髪に指を入れるとその痛みを振り払うようにサッと髪を払った。
「おまえには明かせね」
「何…故……?」
 険しいものになり始めたアーレスの顔を見て、ハーデスは笑った。
「おまえは賢しき者。力在る者。たとえ友といえども、油断はならぬと思っている」
「勿体無いお言葉。ですが、友であるならば胸襟を開くのが本当では?」
「開いておらぬはお互い様。いや……むしろ、おまえのほうではないのか?」
 蔑むような瞳をハーデスに向けられて、サッとアーレスの頬に朱が差した。

 ―――あの鼠は最後の瞬間に何をしたのか?何を伝えたのか?

 ハーデスの微かな変化に気付き、アーレスは心の奥底が冷えていくのを感じていた。
「―――何をお疑いになられている?」
 眇める氷の眼差しに緊張しながら、乾いた問いをする。重たい沈黙が流れた。
「余が最も……厭うておるものが何かを知っているか?」
 すっとアーレスに伸ばされた白い指先が寸分の狂いもなく象る頬のラインを辿っていった。刃先が触れるような冷たい闇の愛撫にアーレスは背筋を慄かせた。凍りつく瞳に魅入られて視線をはぐらかすことさえできなかった。
「謀り、だ。よく覚えておくがいい、アーレス。余に反発し、真正直にその信念のままぶつかるならば、余もまた真っ向から対峙する。だが、愚かにも余を貶めようと画策するならば―――たとえ友であっても、親兄弟であっても余は……許しはしない。よいな?」
 すべてを悟ったかのような口ぶりにアーレスは瞳を瞠り、奥歯を噛み締めた。
 すっと遠ざかる冷たい指先。踵を返し、背を向けたハーデスをまんじりともせぬ想いでアーレスは見つめたのち、ようやく掠れた声を出した。
「―――真正直に己が心を打ち明けても、届かぬものもある」
「?」
「ならば―――せめてもの慰みを求めるのが心。違いますか?私は貴方のお抱えの双子神とは違う。欲しいと思ったものは必ず手に入れる。実際、手に入れてきた。だが、それが己が身に過ぎたものならば……貴方なら、どうなさる?諦めますか?いいえ、諦めたりはしないはず。そうでしょう?」
「アーレス……」
 キリと奥歯を噛み締め、鮮紅色に輝き始めたアーレスの瞳。危ういばかりの色を放っていた。クックッと小さく笑いを上げたアーレスはハーデスの気に入りの場所である庭園が見える場所に座り込んだ。
 永遠に枯れることもなく咲き続ける美しい花々はどれひとつとて不揃いなものはなく、さながら赤い絨毯のようにも見え、完璧なはずだった。
「あんなところに……まがいものが。貴方はあれを愛でていた?」
 たった一輪、白い花が混ざっていた。アーレスは不吉なものでも見たかのように苦々しそうに顔を歪め、サッと腕を払った。途端にその白い花が無残に花弁を散らしていく。その所作をハーデスは何も言わず、ただ黙って見つめていた。
「花は散らしてこそ、でしょう?」
 満足そうに笑みを零すアーレスを蔑みのような憐れみの瞳でハーデスが見る。
「諦めることを憶えたら、それで終わり。しがみついてでも離したくはない。その流れる赤き血潮さえも我が腕の中でとどめておきたい。自由に空を翔る黒き鳥を見つめ、この腕に留まる日を夢見ていた。邪魔者を消し去っても、それでも……どうしても叶わぬというなら、その執着の元を断つか……己が滅びるのみ。私にはそうする術しか知らないのだから。我が愛はそれほどまでに凶暴なのです……ハーデス」
 アーレスは血色に染まる瞳に涙を浮かべながら、狂ったような微笑をハーデスに差し向けた。