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比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

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 ―――天が動く。冥もまた連動し、引き込まれていく。

 ―――そして、地が乱れ、海がうねる。
 
 ―――混沌が訪れる。


 脳裏にこだまする囁き。
 こめかみを貫く痛みにシャカが顔を歪めた。


 ―――天が、裁くのではない。

 ―――天を、裁くのだ。誤った秩序を破壊するために。


 そして、残酷な鳳凰の軋むような鳴声がいつまでも不快なまでに続く。
「わかって……いる」
 崩れ落ちる身体を必死に支えて片膝をつきながら、喘ぐように呟いたシャカをタナトスは怪訝そうに伺うと、ひどく顔色が悪いことに気付いた。
「ふん。随分、具合が悪そうだが?介抱してやらなくていいのか、死神?」
「黙れ、アーレス」
 片膝をついたまま荒い息をつくシャカを見遣りながら、タナトスは一歩もアーレスが近づけぬように威圧した。
「そうそう。 ひとつ、良いことを聞かせてやろう。“父”は大層、“花”を愛でている。一度は枯れてしまったけれども、種子はある。再びその芽を芽吹かせ、ようやく蕾となったらしい。大輪の花を咲かせようと、少しずつ、花器から力を削いでいるようだ。今も恐らく……な。ハーデスはそれを知り、ひどく憤慨していたようだが。ここにハーデスはいない。彼もまた父の手の内。ここにいても、今のおまえならば、大して抵抗もできずに連れ戻され、そして手篭めにされるだろう。その後にはアテナも裏切りの代価を払う羽目になる」
 タナトスの圧力をもろともせず、ツカツカとシャカの前に歩み寄り屈みこみ頬杖をつくと、苦悶を浮かべるシャカを楽しそうにアーレスは眺めた。
「さぁ、どうする?ハーデスに望みを託された俺とともに行くか、それとも否応なく父の元に召されるか……二つに一つだ」
 頬杖をついていた右手をすいっとシャカの前に差し出される。
 その小さな手をじっとシャカは見つめた。

 小さな少年の手。

 ただし、シャカの目には少年の手は“小さな手”としては映ってはいなかった。


 ―――赤く、染まる水の星

 ―――蒼く、輝く水の星


 シャカの目に突き付けられた小さな手の先に視えたのは“二つの未来”。
 どちらを選ぶのかは明白。
 だが、この手に導かれていくことが、果たして望むべく未来へと繋がっているとは断定できないでいた。

『―――己の目で、耳で、確かめればよい』

『―――己の手で運命を切り拓けばよい』

 熱く灼ける風が涼風に変わるような、夜露の雫と凍てつく刻の狭間の世界から漆黒の羽を広げ傍に降り立つようなハーデスの声が耳に届いた気がしたシャカは四散していく幻想の中で小さな手をとった。
「―――貴様は信用ならぬ男。だが、このままでは埒が明かぬ」
 これが罠だとしても飛び込んでいくしかない、と確固たる意志を示すかのようにその手を力強くとった。
「結構なことだ。死神、女主人よ。これでハーデスの首は繋がったらしい」
 低く笑いながら、アーレスはふたりのほうに向き直ると呟いた。
「どういう意味……っ!おい、待て……!?」
 押し留めようとするタナトスの手が伸びる前に、不気味な笑みを零したアーレスはシャカと共に露となってその場から姿を消した。
 呆然と立ち尽くす二人の前に密かに物事の推移を見守っていたらしいヒュプノスが降り立つ。
「ヒュプノス……今頃、出てきてどういう了見だ」
「―――別に。どのみち、あの者以外は行けぬところだ。手間が省けたではないか。それに……」
「ヒュプノス?」
 優雅ともいえる笑みを浮かべるヒュプノスをタナトスは不思議そうに見た。
 その笑みはシャカが冥界に訪れて以来の余裕を感じさせた。
「このことが地上の者に知れたら...と、ふと思っただけだ。杞憂であればよいがな」
「俺にはむしろ、そうなることを望んでいるように見えるが?」
「まさか……!ククッ」
 双子神の会話を耳にしたパンドラはますます血の気を失くしながら、新たな火種が燻り始めたのを感じたのだった。