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lostchild

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僕の胸からあの輝かしい金色のバッヂが失われてから暫く経った頃、その男はやってきた。かつて聞き慣れた懐かしいエンジン音が事務所の前に止まってから、ものの数秒でドアは開かれた。あのくたびれたコートの刑事の仕業に違いない。アイツにだけは話さないでくれと頼んだのに、まったく。僕はだらしなくチェアに埋もれていた身体をずりあげて、若干姿勢を正した。極力普通を装って、不意の客を迎えるために。

「成歩堂!」
「うん、ひさしぶり。いつ帰ってきたの?」

海外研修中であるはずの、次期主席検事殿とすら目論まれている御剣怜侍がそこにいた。めずらしく乱れた髪、明らかな寝不足を示す目の下の濃い隈。身だしなみに気を遣う彼らしくもないその姿に、すこしばかりの歓喜がわき上がる。きっとあらゆるスケジュールを蹴りとばし、無理矢理に飛行機をチャーターして帰国したに違いない。その道中、心配のあまり眠ることすらままならなかったのだろう。それがすべて僕のためで僕のせいだと思うと、幸福感に胸が痛くなる。この男は、僕を救うためだけにここへ来たのだ。

「つい先ほどだ。昨日の内に着く予定だったのだが……それより、本当なのか。…剥奪されたというのは」
「ああ。持ってかれちまったよ。おかげで今は無職」
「何故!」

ダン、と机に拳が打ちつけられた。言いようのない怒りを持って。

「イトノコ刑事に聞いてない?僕は証拠品の不正を行ったんだ。真実を追究するものとして許されざることだ、ってね」
「しかしそれはキミの意志ではない!そうだろう?」

昔、同じようなやりとりをしていたことを不意に思い出した。あのときと立場は逆だけれど。そんな皮肉に口の端が歪んだ。それを見た御剣は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。

「確かに、僕は不正をしようと思ってしたわけじゃない。だけど、結果的にそうなってしまった。この際僕の意志は関係ない。これはもう覆らないよ」
「だが、」
「お前の力を持ってしても、ね。たとえそれが無理矢理にでも通ったとしても、きっと信用は取り戻せない」
「……」

御剣は遂に押し黙った。本当に珍しいことに、彼はこの事務所に足を踏み入れたときから、感情だけでモノを言っていた。彼の嫌いな根拠を伴わない精神論、それに気づき、今やっと理性を働かせて考えを纏めているに違いない。腕を組み顔を伏せるのは、御剣が考え事をしているときの癖だ。少し頭を冷やす時間が必要だと思い、お茶でも煎れてやろうと席を立つ。思えば、久しぶりに会う折角の客人を立たせたままだった。座らせようとその手を引くと、逆にこちらの手を捕まれた。顔を上げると、意外に近い距離に御剣の双眸があった。

「キミは、」

その目に射抜かれて、僕は凍りついた。怒りに燃え立つ瞳は見覚えがある。遠ざかろうとしている裁きの庭での記憶、そのとき僕は必ずこの眼差しと相対した。

「逃げるのか」

捕まれた手首にいっそうの力がこもった。

「この私を勝手に追いかけて弁護士になって、私の逃げ道を塞いで勝手に救っておきながら、貴様は逃げるのかッ!!」
「みつる、ぎ」

僕は恐怖を覚える。御剣の眼差しに、そこに宿る光の苦さに。僕は彼に取り返しのつかないことをした。数年前、天才やら完璧やらともて囃されていた彼の経歴をぶち壊し、なのにそれでいて救った気になっていた。結果は何であれ、彼の人生に介入し、混乱させたことには違いないのだ。そして今、彼を置き去りに勝手に退場しようとしている。
僕は愕然とする。何を勘違いしていたのだろう。
救った気でいて、その実、突き落としていたなんて。

それを悟ると、御剣の怒りはもっともで、僕の身体はやがて硬直すら解けて脱力し、御剣を座らせようとしていたはずのソファに沈んでいた。
ぐんにゃりと力をなくした僕の腕を、御剣は解放しようとしなかった。もうどこにも逃げ道はないというのに、かたくなに掴んだままだった。

「この舞台からは降ろさんぞ、成歩堂。キミだけが楽になるなど、許されるはずがない」

語調が弱まり甘さすら滲ませる。御剣の、僕の手首を掴んだ手が、てのひらに重ねられる。指が絡め取られる。耳元まで近づいた声に顔を上げると、眼前まで迫った唇が驚くべき言葉を続ける。

「私に縋れ。私だけがキミを救うことができる。もはやキミは、検事の、敵である私しか縋るものはないのだ」
「それは…無意味だ。僕はもう弁護士じゃない。敵も味方もないんだ……」
「逃がさんと言っているだろう」

それはとてつもない処罰でありながら甘言でもあり、誘惑だった。僕が何よりも望んでいた言葉だ。
僕だって連盟の処遇に不満がないわけでは決してない。なんとしてでもあのバッヂを取り戻し、法廷に戻りたいと願った。それが御剣と僕とを繋ぐ、唯一の糸だったから。それをなくした今の姿を、彼にだけは見られたくなかった。同じフィールドに立つ権利を持たない今、僕は彼に語るべき言葉を持たない。助けてくれと希う、そんな権利はないのだ。なのに、

「言え、成歩堂」「私に乞え」
「私だけに、」

僕は物欲しそうな顔をしているに違いない。この手は縋りつくものを求め、許しの言葉を、惜しみない友愛を厚かましく恋うている。だから間違えたのだ。それらは欲望による飢餓にあまりにも酷似している。

そうと知りながら、僕は、彼の手を取った。
作品名:lostchild 作家名:sue