夏の雨
「あれ?雨?」
ぽつぽつと、雨が降りだしてきた。
(咲、大丈夫かな?傘もってるかな)
滝沢は傘をもって咲を迎えにいこうかと考えたが、ちょうどそのとき、こちらへ向かってくる咲の姿が目に入った。豊洲のこのショッピングセンターへの道を咲が歩いてくる。降り出した雨に手を差し出して。楽しそうに歩いてくる。
夏の雨が咲の髪の毛に。その顔に、その肩に落ちていく。雨のしずくが咲を彩るように、輝いて。
(きれいだ・・・咲・・・)
雨の中、こちらへ歩いてくる咲は、少し微笑んでいて。そこだけ、やさしくスポットライトがあたっているように、輝きを放っている。
滝沢は、しばらく咲の姿を見つめていた。
咲。君は、本当にステキだね。
初めて会ったときもそう思ったけれど、すっごくチャーミングだ。
やさしくて、あたたかくて。
こうして、ずっと、咲のこと、見ていたいよ。
ニューヨークのメリーゴーランドで。
雨にぬれながら咲を見ていたね。
そのときのように。ずっと、ずっと、咲を見ていたい。
咲は知っているのかな?こんなに俺が咲に焦がれていること。
咲の姿を見るだけで、こんなに切なくなること。
なくしてしまった宝物をやっとみつけて。もう二度となくさないようにと。
失ってしまったらどうなるのかと、そんな不安が俺の心の中にすみつき始めた。
咲のいない日々なんて、もう想像するのも無理。
咲と触れ合えない俺なんて、考えることもできやしない。
そのとき、雨の中の咲が急に、不確かなものに思えて。
今俺は、長い幸せな時間の中にいて、咲は俺のそばにいれてくれるけど。
咲はいつか俺の前から姿を消してしまうような。
この雨のなか、咲という夢が解けてしまうような。
胸がしめつけられるような不安が急に広がってきた。
そのとき、咲がこちらへ顔をむけた。滝沢に気づいて、笑顔で手を振った。
「咲!」
俺も咲へ手を振って、すぐに部屋を出て咲を向かえにいく。
「咲!」
俺は咲のところへ駆けて、そのまま咲をぎゅっと抱きしめた。
「滝沢くん?どうしたの?待たせちゃった?」
「いいや、咲、ちがうよ、ただ、俺が咲に会いたかっただけ」
「滝沢くん?」
「・・・・咲」
雨にぬれてすこし湿った咲の髪に、俺は口付けた。ふわっと花の香りがする。
俺は咲を抱き上げた。
「た、滝沢くん!?どうしたの?重いよ?」
「ぜんぜん重くない」
「で、でも・・・」
俺はとまどう咲をそのまま横抱きにして、屋内へ運んでいった。
「咲、いますぐ、抱きたい」
「えっ!?そ、そんな・・」
「いますぐ、俺。咲とつながりたい。全部、なにもかもとっぱらって・・・だめ?」
「あ・・・」
咲は俺に横抱きに運ばれながら、顔を赤くしている。
俺は寝室の前で立ち止まった。
「・・・いい?」
咲の顔を見る。
咲はうるんだ目で俺を見上げている。
「・・・・うん・・・」
小さい、小さい声で、咲が答えてくれる。
俺は少し微笑んで、咲の耳に口をつける。
「がまんできなくなったんだ、咲がすっげーきれいだから・・・・」
「そ、そんなことない・・・」
「あ~る!咲・・・俺、今日咲にいろいろ話したい。いろいろ伝えたい。言葉だけじゃなくて・・・俺そのものを・・・咲に伝えたい」
「滝沢くん・・・」
「今日はずっと・・・俺といて?」
「うん・・・」
咲。咲になら甘えられるんだ、俺。咲になら弱音もはけるんだ、俺。
変だね、俺。咲はこんなに近くにいてくれるのに不安になるなんて。
夏の雨が降る中。
確かめたいんだ。
二人がいっしょにいること。
二人が結ばれていること。
二人がひとつであること。
ごめん、咲。今日は俺にわがままいわせて?
咲を今日は独り占めさせて?
咲のこと、思いっきり独り占めさせて?
俺はそっと咲をベッドに横たえた。