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 初戦。
 会議室の扉を開けたようとしたら丁度中から出てきたカリエドと目があって、会いたかったとか会いたくなかったとか、そういう願望を伴った感情すら表れる前にただ一言、うっわ、と視線を逸された。
 その言葉には会いたかったとか会いたくなかったとかそういう願望めいたものは含まれておらず、感じたのはただ、「会ってしまった」という後悔の感情。それだけだ。
 これが結構堪えた。次に会った時は絶対挨拶しようと心に決めていたのに、すれ違ったことを後悔されるなんて俺の嫌われっぷりも此処まで来ると相当なもんだと思う。今日は会議なんだからどうしたって顔を会わせなきゃならない。不可抗力って奴だ。そんな状況ですらこの扱いなんて…酷すぎやしないか?

「そりゃあお前が酷いことしたからだろ?」

 そのまま行ってしまったカリエドの背中を見送って席に座ると、隣のフランシスが珍しく話しかけてきた。俺がカリエドを見ていたのをずっと眺めていたらしい。趣味の悪いやつめ。

「俺何も言ってねぇぞ」
「顔に書いてある」
「勝手に読むなよ」

 ニヤニヤと近づけてきた顔を押し戻してあらかじめ配られていた資料に目を通す…ふりをして頭はさっきのことで一杯だ。おはようの一言すら言う隙も与えてくれなかったし、逸らされた視線が戻って来ることもなかった。完敗だ。
 理由は簡単。俺がその昔、あいつに酷いことをしたからだ。そんなのはフランシスに言われなくても痛いくらい解ってるんだよ。
 そう、痛いくらいに。
 その痛みを乗り越えて、俺はこうやって頑張ってるんじゃないか。


 そんなわけで二回戦。次のチャンスはさっき出て行ったカリエドが戻って来た時だ。手元の時計を見れば会議開始まであと数分。そろそろだろうと思ったらばたん、と重い扉が勢いよく開いて、良かった間に合うたわーとカリエドが入ってきた。小走りに自分の席へ戻ろうとする。円卓をぐるりと回って、俺の後ろを通る時がチャンスだ。

「…おはようカリエ」
「フランシスおはよーさん」
「おはようアントーニョ」
「はは、朝から何しとん」

 軽く振り向いて片手を上げるその前に、きらきらの笑顔が俺の視線を素通りしてフランシスに注がれる。一瞬固まった俺の視界の隅で、これまた笑顔全開のフランシスが投げキッスをしていた。それに笑い返すカリエド。気持ち悪いけど羨ましいと思った俺は惨敗だ。
 がっくりと項垂れた俺を他所に、自分の席に座ったカリエドは隣の元属国の世話をあれこれ焼いてやったり、向かいに座った元旦那と喋ったりころころと表情を変えている。見るからに楽しそうだ。
 思えば俺が小さかった頃から政治やら外交やらで活躍していたこいつには知り合いが多い。喋りかけるのにも喋りかけられるのにも忙しそうで、俺が見ていることになんか気付いてもいないに違いない。
 …いや、俺なんか見たくもないってか。

「…いやまだだ、まだ会議後が残ってる」
「お前も懲りないねぇ」
「うっせぇよ」

 にやつくフランシスを睨み付けたところで会議が始まった。けど俺の頭の中はやっぱりあいつのことばっかりで、内容なんてろくに入ってきやしない。ちらちら横目で見ていたらそのうちに居眠りを始めたカリエドは皆に向ける無邪気な表情のままで、こんな時にしかマトモに見れないなぁと思ったら途端に切なくなった。

 なぁ、そんなに俺が嫌いか?
(いや、嫌われるようなことしたのは俺だけど)
 でもこんな何世紀も引き摺るようなことか?
(本人にとっちゃそうなのかもしれない)
 他の奴等とだって散々喧嘩してたじゃないか。
(俺だけ許して貰えてないのか)
(許して貰えないようなことをしたのか)
 したのか。したよな。覚えてるさ。
 でもせめて一度。
 一度だけでいいから笑った顔がみたいって。
 そんなこと思わなきゃ良かったって、そう思えなくなるくらい好きになっちまったんだよ。

 前の俺なら、叩き起こして嫌味の一つでも言っただろうけど。そんな気分にすらなれない自分に腹を立てることも出来ず。
 結局その日の会議は来るべき三回戦に向けて頭を抱えて終わった。
作品名:0ゲーム 作家名:やつしろ