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笑顔と涙と

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 1枚、2枚、3枚、4枚…
 そこまで数えて平和島静雄は手をとめた。
(あれ、)
 視線を落とした手元には1万円札が5 枚握られている。今日という日のため、わざわざ銀行の窓口で行って引き出してきた新札だ。
 借金取り立てという仕事柄、銀行へは行き慣れている。取り立てた借金を会社の口座に入れに行くのも静雄の仕事のひとつで、月に何度も行っているうちに池袋駅前の銀行の行員とはすっかり顔なじみになった。毎回大金を預けていくものだから愛想もいい。あら平和島さん今日も景気がいいわねなんて、年配の行員に軽口を叩かれていると知ったら池袋のチンピラ達は仰天するだろうか。何かの拍子にそのやり取りを聞いてしまったら、次の瞬間に銀行が倒壊すると思って逃げ出すに違いない。
 だが、彼らが危惧しているような事態は今のところ起こっていない。
 理由は簡単だ。静雄はこの仕事が気に入っている。だから会社の迷惑になるようなことは極力しないようにと思っている。
 もちろん借金を踏み倒している奴はムカつくから殴り飛ばすし、仕事中に彼の邪魔をする奴もムカつくから殴り飛ばす。傍から見れば破たんした論理かもしれないが、少なくとも彼の中では筋が通っていた。持ち前の怪力とキレやすい性格のせいで何をやっても長続きしなかった自分が、何とか社会からあぶれずにいられるのはこの仕事のおかげだ。恩返しなんて大それたことは出来ないけれど、少しでも長く続けたいと思っている。
 だから仕事で来ている銀行で彼がキレることはまずないし、その危機に陥ったことすら今までなかった。
 けれども今日、いつも通り窓口へ行っていつも応対をしてくれる行員の前へ立ち、いつも通りの軽口を聞いた後に自分の口座から5万引き出したいと言ったら妙な顔をされた。
 5万位ならATM使えばいいのに。
 いつもは満面の笑みで静雄を出迎える行員の顔にはそう書いてあった。そう言えば仕事以外で銀行の窓口なんて滅多に来ねぇよな、しかも5万ぼっちじゃ面倒くせえと思うよな。そう思いながらも、静雄はどうしても新札が欲しかった。折り目や汚れが付くといけないからと財布には入れずにわざわざ封筒を貰って、更に怪訝な顔をされた。手のひらを返したかのような行員の態度に、静雄が拳を握り締めてしめたのは当然のことだろう。
 ……出かかった罵倒と馬力をすんでのところで飲み込めたのは、そんなことをしたら新札がボロボロになってしまうと気づいたからだった。顔に筋をいくつも立てながらも封筒に新札を入れ、それを更に鞄に入れ、まるで壊れ物でも扱うかのように家まで持ち帰った。
 自分でもどうして怒りが抑えられたのか不思議だった。とにかくこの5万円を無事に家に持ち帰らなければ。その気持ちだけで精いっぱいだった。
 そうして今、静雄は大切な大切な5万円を前に固まっている。ワンルームの片隅、向かっているローテーブルの上には銀行から持ち帰った封筒のほかにもう一つ、白い新品の封筒が置いてある。華やかな水引きと「寿」の文字が、男一人住まいのワンルームで妙に浮いていた。
(結婚式の時って、いくら包めばいいんだ?)
 偶数だっけか、奇数だっけか。夫婦だから偶数の方がいいのか?いやでも割り切れる数は縁起が悪ィとか昔母ちゃんが言ってた気がする……どっちなんだ?大体、勢いで5万円下ろして来ちまったけど本当にこれで足りるんだろうか。普通はもっと包むもんなのか?
 考えたところで答えなど出るわけもなく、しかし誰かに聞こうにも思い当たる人物がいなかった。同窓の闇医者に聞けば小馬鹿にされるのは目に見えているし、サイモンに日本の冠婚葬祭のマナーを聞くのはお門違いだし、黒バイクは何となく,こういう行事とは無縁そうな気がした。彼がノミ蟲と呼ぶところの折原臨也は端から眼中にない。一旦は手に取った新札5枚を封筒に戻して、静雄は小さく息をついた。こうなったら60階通りのブックオフにでも行って、その手の本で調べるしかない。銀行の帰りに寄ってくればよかったのだろうが、あの時はピン札を下ろしてくることしか頭になくて、正しい金額だとか、封筒への入れ方だとか、そんなことは全部吹っ飛んでしまっていたのだ。吹っ飛んでしまうほど、静雄はテンパっていたのだ。
 それほどまでに結婚式のことばかりが、いや厳密に言うなら、この馬鹿丁寧に引き出してきたピン札を渡す、式の主役のことばかりが気になって。
 あーあと一人ごちて静雄は腰を上げた。家に帰って外していたYシャツのボタンを締め直し、胸元にかけていたサングラスをかける。其処ら辺に放り投げていたケータイを探して、ベッドの脇に転がっていたのを手にとって、ふと思う。
(こういう時、いつもなら)
 いつもならトムさんに電話して聞いちまえるのに……と、途中まで考えて首を振った。今のはナシ。ナシの方向で、と自分に言い訳をして靴を履く。
 自分はあの人に頼りすぎだ。そりゃ先輩だし自分より頭もいいし仕事の経験も豊富だし、何より面倒見がいい。何かあったら俺に相談しろよなんて言ってくれたからつい甘えてしまうけれど、今回ばかりはそうはいかない。

 だって今日はトムさんの結婚式だ。
 祝儀袋の中身を本人に聞くなんておかしいだろ?
 俺もそろそろ、あの人から卒業しなくちゃいけない。

 部屋を出る間際、ちらりと見た時計は式の1時間前をさしていた。
 ちょうどいい時間だ。ひとっ走り行ってマナーとやらを調べて、急いで戻って準備をする。式場につくのは始まる時間くらいだろう。一介の後輩にすぎない自分を式に呼んでくれたのだ、遅れるわけにはいかない。きちんと最初から出て、ご祝儀も渡して(もちろん中身はピン札だ)、先輩の新しい門出を祝わなければいけない。だってそれが正しい後輩のあり方ってモンだろ?と静雄は自分に言い聞かせる。
 でも、

(ホントは行きたくねえんだよなぁ)

 頭をよぎった言葉をかき消すように、静雄は勢いよく扉を閉めた。
作品名:笑顔と涙と 作家名:やつしろ