雨のち晴れ
リコは体育館の鉄製の扉を開け、一昨日から降り続ける雨を見上げる。予報では昼から上がるとのことだったが、残念ながら長引いているようだ。
隣に誰かが立った。
「今日も外練は無理だな」
日向がはつぶやく。内心を代弁され、言うことがなくなったリコはつい、別のことを口にした。
「そういえば、こんな日だったわね」
「こんな日?」
「あの子が来た日のことよ」
黒子の自称彼女であり桐皇バスケ部のマネージャー、桃井さつきが誠凜高校に現れた日だ。
「ああ、あのクマ……」
日向の声の調子で、何を思い出しているのかがわかる。
「外周いっとく?」
「マジ無理ごめんなさい」
にっこり微笑んだリコが親指でグラウンドを指すと、日向はあわててかぶりを振った。
「ま、いいけど」
リコは気を取り直し、ふう、と息をつく。
「……あのね、もし私がね」
冗談めかした口調で切り出した。
「たとえば鉄平に嫌われちゃったーって言ったら、あのときの黒子君みたいになぐさめてくれる?」
できるだけ軽く聞こえるように努めたが、うまくいっただろうか。
「…………」
日向は一瞬、沈黙する。
卑怯な訊き方なのはわかっていた。今後、ふたたび木吉がラフプレーの餌食になるようだったら、リコは交代させるだろう。それが日向でも、火神でも、誠凜の選手ならば誰でも同じだ。
恨まれたり嫌われたりするのは、もちろんつらい。だがそれより、選手が傷つくのを見るのはもっとつらい。両者を天秤にかけたとき、選手の身の安全と監督としての責任に比重が傾くだけで、正面切ってなじられれば、やはり堪えるだろう。
桃井は何かとリコの神経を逆撫でする存在だが、あのときの彼女の気持ちは、リコにも痛いほど理解できた。
やがて日向は、投げやりに言った。
「わかんね」
それがいつもの彼の口調で、リコは内心安堵する。らしくもない質問をしてしまったことは自覚していた。流して忘れてもらえるなら、それでよかった。
「つか意味ねーだろ、そんな仮定」
「え?」
「口でなんて言ったって、木吉がカントクを嫌うなんてありえねーよ。もちろんオレら全員な」
日向は目を合わせないまま踵を返し、体育館の中へと歩き出す。リコはその背中を見つめた。
「そろそろ練習始めっぞー」
部員たちは主将の呼びかけに応え、二人三人と集まり出す。
「……ありがと」
小さくつぶやくリコの口元には笑みが浮かんでいる。
西の空はもう、明るくなっていた。