届ける気持ち
ある日そう問いかけられて、それからずっと考えている。
「彼はどんな風に笑うのだろう?」
彼の笑顔を見るのはいつもテレビや映画の中だ。
楽しくて仕方ないという明るい顔、幸せそうにくしゃりと目じりを下げて微笑む姿、
自嘲気味に切なく笑う辛い表情、ニヒルに少し口元を上げて笑ってみせるそんな姿。
彼の笑顔と会うのはいつも画面を通してだ。いつも間に一枚の仕切りがある。
その仕切りから抜け出してきた彼はどう笑うのだろう。
演技をしていない彼の顔はいつも酷く無表情でまるで機械のよう。
恥ずかしい言葉を臆面もなく照れることもなく言ったり、私が手刀を突きつけたときも少しも表情が揺らがなかった。ああそういえば、私を抱きしめた時も少しも表情が変わらなかったっけ。
そのときのことを思い出し自然と頬に朱が走る。思わず恥ずかしくなって少し俯いた。
あの後ドライブに行った時も彼の表情は特に変わらなかったように思う。
幽平さんって笑顔を浮かべることがあるのかな。
もしかしたら、私の前で笑顔を見せてないだけなのだろうか。
そう思ってから、私と幽平さんが言葉を交わすきっかけとなった日のことを思い出す。
そういえばあの時お医者さんに猫を差し出しながら幽平さんは笑ってますよ?って言ってたっけ。
その時の彼の表情を思い出してみたけれど、やっぱり彼はいつもどおりの顔だった気がする。
彼はいつでも機械のように無表情。
けれど、彼と二人きりでいても最初に感じた居心地の悪さはもう感じなくなっていた。
きっとそれは言葉を交わしたせい。彼がひどく優しい人だと知ったから。
(ああ、そっか)
自分の中に浮かんだ言葉にうんと頷く。
彼は表情じゃなく言葉や仕草に自分の感情を乗せるのだ。