夜鷹の瞳5
◇ 第五夜 ◇
さすがは南国シンドリア、一年通して温暖な気候のこの国は今日も白い太陽が燦々と輝いている。
こんな日は外で日向ぼっこをするにかぎる。それか海で泳ぐのも気持ちいいにちがいない――――と、思うのだが。
「シンドバッド王よ、そんな恨めしい顔をしても外出はさせませんよ」
政務に関わっている文官たちに揃って釘をさされ、シンドバッドは疲れた様子でこめかみを指で揉んだ。
あの事件以来、部下の鉄壁の監視によりシンドバッドは外出を固く禁じられている。宮殿内の移動ですら八方を兵に囲まれた状態だ。
原因は言うまでもなく、シンドバッドが面談先の屋敷で暗殺者に遭遇し怪我を負ったからだ。
「なんども説明しただろう。相手の狙いはマグリブで、俺はたまたま居合わせて命を狙われただけで…」
「その状況がおかしいでしょう!! あなた王様なんですよ!? 王様が死んだらこの国はどうなるんですかっ!!」
その場にいた部下全員に叱られてシンドバッドはたじろいだ。
シンドバッドは七つの迷宮を攻略した男である。死の橋を渡りかけたことなど幾度もあるから危機感について説かれても右から左状態だ。だが確かにシンドリアが今の状態のままシンドバッドが命を落としでもしたら国民に対して申し訳ない。
そう反省したから部下の怒りも甘んじて受けようと思った――が、ちょっと行きすぎだと思う。
「しかしこの国に暗殺者が紛れ込んでいるなんて……。早急に手を打たないといけませんね」
「そうだなー。民に被害が及んだらいけないしなー」
顔を見られたという理由だけでシンドバッドを殺そうとしたくらいだ。本人も公言していたがきっと老若男女問わずに殺しをおこなうだろう。その矛先が国民に向くことだけは避けねばならない。それだけは絶対にあってはならない。
さて、どうしたものかとシンドバッドは腕を組んで思案に暮れている傍らで、文官たちも額を付き合わせて画策していた。
「まずは王の身を安全な場所に隠さねば」
「いや、それではいつまでたっても解決しない。犯人を捕まえないことには逃げてもキリがない」
「そういえば南海には人の擬態をする『アバレウミウシ』という生物がいるらしい。それを捕獲して王の影武者にしてしまえば……」
「それはいい! うまくいけば暗殺者が釣れるかもしれない」
「よし、それでいこう。では隊を編成して船を……」
「ちょっと待てーいっ!!」
矛先が自分から逸れるならいいかと部下を放っておいたが、話が変な方向にまっしぐらなのでさすがにシンドバッドも口をはさまずにはいられなかた。
「いかがされました、シンドバッド王」
「いやいや、いくらなんでもそれはないだろ……」
「そうですか? 名案だと思いますが……」
本気でそう思っているところが恐ろしい。頭のいい人間に限って常識とずれていたりするのだ。
「とにかく、南海に出るのはちょっと待て。俺に考えがあるから任せてくれないか」
そう提案すると文官たちはじとーっ、と思い切り怪訝な目でシンドバッドを見てきた。
「…………そんな嘘ついても外には出しませんよ」
「いや、嘘じゃないから……」
「じゃあ執務をサボる気ですね」
「……お前ら、王様信じろよ」
シンドバッドはうなだれ、肩を震わせた。身から出た錆と言われればそれまでだが王様の信頼度がこんなに低くてよいのだろうか。
その姿を見て部下たちも少し言い過ぎただろうかと顔を見合わせ、考えを改めた。
「わ、わかりました、そこまで言うのなら信じましょう。それで、その考えとはどのような?」
信じると言いつつもどこか訝しげな表情で尋ねた部下にシンドバッドはニヤリと笑った。その表情に部下たちは一抹の後悔を感じた。
「まずは腕のいい絵師を呼んでくれ」
シンドバッドの一声に部下たちはたっぷり間をおき、はい?、と聞き返した。
「絵師……ですか…? 呼んでどうするんです」
「それは後で説明する。それともう一人呼んでほしい人がいる」
「もう一人……?」
*
空はとても気持ちよく晴れていたが南国シンドリアでは四季がなく、乾季と雨季が交互にある。例年の様子からいくとそろそろ雨季が近いのだ。雨季がくるとただでさえ家が離れた場所にあるバシムはなかなか買い物に出られないので、今のうちに食料や家畜の餌などを買いためておかねばならない。
バシムと同じような考えなのだろう、市場では籠を背負って買い込む人の姿がちらほら見えた。この雨が大地を肥沃にしてくれるので文句も言えないが、やはり少し気が滅入ってしまう。雨の被害が少ないことを祈るばかりだ。
あらかた買い物を終えて家に戻る途中、ふと広場のほうに目を向けるとなにやら人だかりができているのを見つけた。大道芸人でも来ているのだろうかと興味を引かれて足を向けると、輪の中心に思いがけない人物を見つけて我が目を疑った。
「……シンドバッド王、何をしておられるのですか?」
他人の空似でなければ、それはシンドリア国王・シンドバッドだった。しかも護衛もつけず無防備に一人で大量のビラを塀に貼ったり通りかかる人に配ったりしている。
「おお、バシム! ちょうどよかった。ちょっと手伝ってくれないか」
そう言うとシンドバッドは返事も聞かずにバシムに紙の束を押し付けた。
「なんですか、これ。探し人?」
「そうだ。腕のいい絵師に、特徴を言ってそこから似顔絵を起こしてもらったんだ。見たことのない人物をここまでそっくりに描いてくれるとはすごいなー。今度俺の絵も描いてもらうかな」
呵々と笑うシンドバッドに引きつった笑みをかえし、バシムはビラを眺めた。大きく描かれた少年の似顔絵と探し人の文字。よほど腕のいい絵師だったのだろう、その絵の出来は実写と見まごうようだった。
「えーっと、『特徴は銀髪でそばかすがある。この少年を見かけた人は宮殿のシンドバッドまでご連絡を。有力な情報提供者には金一封を与えます』………って、これじゃ探し人というより指名手配みたいになっちゃってますよ」
「そう、指名手配犯だ。実はすでに何人か殺していて、先日俺も命を狙われたばかりでな」
シンドバッドは何故か腕を組み誇らしげに頷いた。
「……………………。なっ!!!?」
「まあ、驚くのも無理はないな。なにせ見た目はただの『ちょっと人見知りな少年』って感じでとても人殺しには見えないからな。ああ、心配はいらないぞ。街の警備を増やして国民の安全は俺が保証する」
「いや、私が驚いてるのはそっちじゃないですよ! 命狙われたなら、のこのこと街に出てきちゃだめじゃないですか!」
「お前も部下とおんなじことを言うんだな。大丈夫だ。そう思ってお忍びで一人で来た!」
「何でそれで大丈夫だと思うんですか……。しかも一つも忍んでないですし。むしろ目立ってもいいからぞろぞろと兵を連れていたほうがよっぽど安全ですよ」
「そうか?」
すっとぼけた様子で首を傾げるシンドバッドにバシムはささやかな疑問を投げかけた。
「……シンドバッド王。あなた王としての自覚がないって言われたことありませんか?」
「うむ、しょっちゅうだ。よくわかったな」
さすがは南国シンドリア、一年通して温暖な気候のこの国は今日も白い太陽が燦々と輝いている。
こんな日は外で日向ぼっこをするにかぎる。それか海で泳ぐのも気持ちいいにちがいない――――と、思うのだが。
「シンドバッド王よ、そんな恨めしい顔をしても外出はさせませんよ」
政務に関わっている文官たちに揃って釘をさされ、シンドバッドは疲れた様子でこめかみを指で揉んだ。
あの事件以来、部下の鉄壁の監視によりシンドバッドは外出を固く禁じられている。宮殿内の移動ですら八方を兵に囲まれた状態だ。
原因は言うまでもなく、シンドバッドが面談先の屋敷で暗殺者に遭遇し怪我を負ったからだ。
「なんども説明しただろう。相手の狙いはマグリブで、俺はたまたま居合わせて命を狙われただけで…」
「その状況がおかしいでしょう!! あなた王様なんですよ!? 王様が死んだらこの国はどうなるんですかっ!!」
その場にいた部下全員に叱られてシンドバッドはたじろいだ。
シンドバッドは七つの迷宮を攻略した男である。死の橋を渡りかけたことなど幾度もあるから危機感について説かれても右から左状態だ。だが確かにシンドリアが今の状態のままシンドバッドが命を落としでもしたら国民に対して申し訳ない。
そう反省したから部下の怒りも甘んじて受けようと思った――が、ちょっと行きすぎだと思う。
「しかしこの国に暗殺者が紛れ込んでいるなんて……。早急に手を打たないといけませんね」
「そうだなー。民に被害が及んだらいけないしなー」
顔を見られたという理由だけでシンドバッドを殺そうとしたくらいだ。本人も公言していたがきっと老若男女問わずに殺しをおこなうだろう。その矛先が国民に向くことだけは避けねばならない。それだけは絶対にあってはならない。
さて、どうしたものかとシンドバッドは腕を組んで思案に暮れている傍らで、文官たちも額を付き合わせて画策していた。
「まずは王の身を安全な場所に隠さねば」
「いや、それではいつまでたっても解決しない。犯人を捕まえないことには逃げてもキリがない」
「そういえば南海には人の擬態をする『アバレウミウシ』という生物がいるらしい。それを捕獲して王の影武者にしてしまえば……」
「それはいい! うまくいけば暗殺者が釣れるかもしれない」
「よし、それでいこう。では隊を編成して船を……」
「ちょっと待てーいっ!!」
矛先が自分から逸れるならいいかと部下を放っておいたが、話が変な方向にまっしぐらなのでさすがにシンドバッドも口をはさまずにはいられなかた。
「いかがされました、シンドバッド王」
「いやいや、いくらなんでもそれはないだろ……」
「そうですか? 名案だと思いますが……」
本気でそう思っているところが恐ろしい。頭のいい人間に限って常識とずれていたりするのだ。
「とにかく、南海に出るのはちょっと待て。俺に考えがあるから任せてくれないか」
そう提案すると文官たちはじとーっ、と思い切り怪訝な目でシンドバッドを見てきた。
「…………そんな嘘ついても外には出しませんよ」
「いや、嘘じゃないから……」
「じゃあ執務をサボる気ですね」
「……お前ら、王様信じろよ」
シンドバッドはうなだれ、肩を震わせた。身から出た錆と言われればそれまでだが王様の信頼度がこんなに低くてよいのだろうか。
その姿を見て部下たちも少し言い過ぎただろうかと顔を見合わせ、考えを改めた。
「わ、わかりました、そこまで言うのなら信じましょう。それで、その考えとはどのような?」
信じると言いつつもどこか訝しげな表情で尋ねた部下にシンドバッドはニヤリと笑った。その表情に部下たちは一抹の後悔を感じた。
「まずは腕のいい絵師を呼んでくれ」
シンドバッドの一声に部下たちはたっぷり間をおき、はい?、と聞き返した。
「絵師……ですか…? 呼んでどうするんです」
「それは後で説明する。それともう一人呼んでほしい人がいる」
「もう一人……?」
*
空はとても気持ちよく晴れていたが南国シンドリアでは四季がなく、乾季と雨季が交互にある。例年の様子からいくとそろそろ雨季が近いのだ。雨季がくるとただでさえ家が離れた場所にあるバシムはなかなか買い物に出られないので、今のうちに食料や家畜の餌などを買いためておかねばならない。
バシムと同じような考えなのだろう、市場では籠を背負って買い込む人の姿がちらほら見えた。この雨が大地を肥沃にしてくれるので文句も言えないが、やはり少し気が滅入ってしまう。雨の被害が少ないことを祈るばかりだ。
あらかた買い物を終えて家に戻る途中、ふと広場のほうに目を向けるとなにやら人だかりができているのを見つけた。大道芸人でも来ているのだろうかと興味を引かれて足を向けると、輪の中心に思いがけない人物を見つけて我が目を疑った。
「……シンドバッド王、何をしておられるのですか?」
他人の空似でなければ、それはシンドリア国王・シンドバッドだった。しかも護衛もつけず無防備に一人で大量のビラを塀に貼ったり通りかかる人に配ったりしている。
「おお、バシム! ちょうどよかった。ちょっと手伝ってくれないか」
そう言うとシンドバッドは返事も聞かずにバシムに紙の束を押し付けた。
「なんですか、これ。探し人?」
「そうだ。腕のいい絵師に、特徴を言ってそこから似顔絵を起こしてもらったんだ。見たことのない人物をここまでそっくりに描いてくれるとはすごいなー。今度俺の絵も描いてもらうかな」
呵々と笑うシンドバッドに引きつった笑みをかえし、バシムはビラを眺めた。大きく描かれた少年の似顔絵と探し人の文字。よほど腕のいい絵師だったのだろう、その絵の出来は実写と見まごうようだった。
「えーっと、『特徴は銀髪でそばかすがある。この少年を見かけた人は宮殿のシンドバッドまでご連絡を。有力な情報提供者には金一封を与えます』………って、これじゃ探し人というより指名手配みたいになっちゃってますよ」
「そう、指名手配犯だ。実はすでに何人か殺していて、先日俺も命を狙われたばかりでな」
シンドバッドは何故か腕を組み誇らしげに頷いた。
「……………………。なっ!!!?」
「まあ、驚くのも無理はないな。なにせ見た目はただの『ちょっと人見知りな少年』って感じでとても人殺しには見えないからな。ああ、心配はいらないぞ。街の警備を増やして国民の安全は俺が保証する」
「いや、私が驚いてるのはそっちじゃないですよ! 命狙われたなら、のこのこと街に出てきちゃだめじゃないですか!」
「お前も部下とおんなじことを言うんだな。大丈夫だ。そう思ってお忍びで一人で来た!」
「何でそれで大丈夫だと思うんですか……。しかも一つも忍んでないですし。むしろ目立ってもいいからぞろぞろと兵を連れていたほうがよっぽど安全ですよ」
「そうか?」
すっとぼけた様子で首を傾げるシンドバッドにバシムはささやかな疑問を投げかけた。
「……シンドバッド王。あなた王としての自覚がないって言われたことありませんか?」
「うむ、しょっちゅうだ。よくわかったな」