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諸星JIN(旧:mo6)
諸星JIN(旧:mo6)
novelistID. 7971
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 行灯の灯が天幕の中を仄かに照らしている。
 島左近は鎧を脱ぎ、布地のみの直垂姿で床に胡座をかいて座っている。
 片手には酒の入った杯、眼前には戦場の地図。
 近々の出陣を控えてその頭の中で軍略をこね回している最中だった。
 傍らには伏犠の姿もある。
 こちらも鎧は着ておらず、左近から借りた夜着をそれなりに着崩し床に胡座をかいて、行灯の灯の下で掌の中の何かを弄り回している。
 互いに言葉はなかった。
 ただ何となく、一緒にいるだけの時間が過ぎていく。
 不意にジリ、と音がして行灯の灯が揺らぐ。
「…伏犠さん。すみません、油足して貰えませんか」
 もう少しでいい軍略が仕上がる気がするんです、と戦場の地図に目を落としたまま左近が言う。
「…すまん。わしも今はちぃと手が離せん」
 伏犠は手の中の何かの部品を行灯に翳し、目を眇めてじっと眺めては様々に角度を変えている。
 また暫く無言の時が過ぎる。
 行灯の芯が焦れたように再びジリ、と音を上げて、ようやく左近が顔を上げた。
「…そういや何してるんです、それ」
「八塩折の威力を上げられんもんかと思うてのう」
「そんな小さな部品でですかい?」
「うむ。見た目は小さいが、これこそ八塩折の心臓とも言える部分よ」
「へぇ」
 その部品から一瞬も目を離さない伏犠に相槌を打ち、左近は一度腰を上げて行灯の油を取りに天幕の端へと向かう。
 油差しを片手に行灯の側に戻っても伏犠はその部品を眺めて弄り回しているばかりであり。
 ふと、今日の昼間にあやねから聞いたことを思い出す。
『今日はねぇ、嘘をついてもいい日なのよ』
『そりゃおかしな話だ。なんでわざわざ嘘をついていい日なんてあるんです?』
『さあ?詳しい話は知らないわ。ただそういう日なんだってずっと言われてたから』
『…そんな特別な日まで作って嘘なんかつきたいもんですかね』
 あやねは再び、さあ、と肌もあらわな肩を竦めてみせるばかりだった。
 不意にそんな事を思い出したことと、伏犠がその部品にばかり気を取られてこちらを見ないことで少しばかり悪戯心がわく。
 左近は油差しを傍らに置いて伏犠へと歩み寄り、部品を持つその手を押しのけるようにして伏犠の胡座の上に座る。
「…左近、今は手が離せんと」
「ねえ、伏犠さん」
 手にした部品を左近から遠ざけるように離して言う伏犠の言葉を遮って左近が口を開く。
「あやねさんの時代だと、今日は嘘をついても許される日だそうですよ?」
「…何じゃ?」
 何の脈絡もなく話を始める左近の、幾分自分の目線より高い位置にある顔をまじまじと見上げる伏犠。
 その顔を見下ろし、左近はその肩から首へと滑らせるように両腕を回して顔を寄せ。
「好きですよ」
 囁いて伏犠の唇へと自分の唇を重ねる。
 啄むように角度を変えて口づけた後、ほんの僅かだけ唇を離す。
「伏犠さんが、好きです」
 さて、どう答える?
 悪戯じみた笑みを浮かべて告げれば、伏犠がその意図を解したように目元を笑ませ。
「…成程」
 伏犠が口を開いた次の瞬間、油の切れた行灯からかき消すように灯が消え、左近の視界は闇に奪われる。
「…わしもじゃよ」
 そう告げる伏犠がどのような顔をしていたのか、左近には窺い知ることができなかった。

作品名: 作家名:諸星JIN(旧:mo6)