疼々
およそ、考えつかぬ場所に指を埋められる行為に、あまつさえその指を増やされ、あるいは指以外の何かをあてがわれるそんな行為に、慣れたなどあってはならぬ話であった。互いに向かい合って寝転んでいた、ただの休日のはずだった。戯れに触れてきた千景の指先が、やわらかく色々なところを触れて回っていく様に、小さく、ぶるりと肩を震わせただけのはずだった。視線がつと、決まり悪くぶつかって、キスをされただけのはずだった。それも、こども同士のままごとみたいな、触れるだけのキスのはずだった。
それなのに、今や一糸も纏わない自分と千景の身体は少しずつ少しずつ熱で浮ついていた。淫行罪で逮捕されるのは自分だろうに、理不尽な愛撫を投げ付けられて体温だけが質量を増していた。自分と千景の、触れ合ったところからやわやわゆるゆると体温が一足す一するように合算されている心地がする。
身体を重ねる行為はあまり頻繁ではない。好きだよ、とか、愛してるよ、とか、千景に囁かれる回数が増えて増えてたまらないので、その行為自体出来る限りに遠慮したかった。耳の中や、腰から背中に抜ける、皮膚一枚したのくすぐったさに、耐えられない。
「ふるえてる……痛い?」
よく弾むスプリングに、無理矢理に沈めているのは自分なのによく言うな……、一言呟いてしまえばいいのだろうが、中途半端に熱を帯びた身体を投げ出されるのも困ってしまう。悪戯に、刺激だけ流し込まれて宙ぶらりんにされる自分など一生に一度だっておがみたくない。
「痛く、ない」
「うそは、よくないよなぁ……じゃあきもちいい?」
「よくあるかよ……」
「なら教えてよ、いいとこ」
気持ち良くしてあげたいから。正面から覗きこまれる形で、千景の顔がよく見える。割り合いに整った顔が近い。まるでキスでもされそうなほどに。
「ンなとこ……な、っ、い……」
「じゃあくすぐったいとことか、触られてぞくぞくするとことか」
挿入されたままの指が、ばらばらに動かされて割り開かれる感触に腰が跳ねた。途端に、心当たりをいくつも思いついて耳から頬から熱くなる。どこもかしこも、千景の触れた端から、皮膚の裏の奥、手の届かない場所がむずむずとして痺れそうになる。
「でも俺、知ってるけどね」
後ろを埋めていた指がゆっくりと緩慢に引き抜かれて、身体が弓なりになりそうになるのを、千景の腕を掴んで力を込めることでようよう堪える。ぞっとするほど緩やかな速度は毒とさえ思えて仕方がない。身体は蝕まれていた。
「まず、今みたいにゆっくりすると、すごくざわってするはずだ」
「それから、腰もくすぐったいだろ?」
「っていうか、背骨のラインに触るとさ、門田、すごいいやいやって反応するんだよ、無意識だろうけど。すごいかわいいなぁ。くすぐったい?」
「それをいつか気持ちイイにしてあげたいんだけど」
ねぇ、聞いてる? 緩慢な毒が沈殿している身体では上手に反応が出来ないでいたが、視線だけは外さないで千景を見ていた。年下の、自分と同じ性別の―――つまり男が、自分を甘やかしたがっているのが分かる。同じだけ甘やかされたがりのくせに、与えられる権利には与える義務が引き替えだとでも信じているみたいに。
「本当に、教えてよ、どうするのがいいんだろ」
ねえ、濡れた声は千景のそれであった。少し掠れている。
千景のてのひらは、腰から背骨をなぞり上げて今や背をかき抱くようにして接近するかたちになっていた。自分より少し細い腕と、それから甘い声が掠れて、自分を抱き締めている。肌と肌がぴったりと密着して、体温はやはり一足す一を示すだろう。汗ばんで、やわらかくなった皮膚と皮膚が、吸い付くようにして。
「もっと声に出して教えてくれればいいのに」
目を細めて、嬉しそうに、けれども残念そうに千景は言う。触れたままはなせないでいる千景の腕に、爪を立ててしまいそうだった。
「でもね、声が出ないくらい、いいってことって思うことにするからさぁ」
「いい加減、……」
「好きだよ。門田がね、もっとこうしてたいし、こうされたいくらい、大好き、好きだ」
耳の中や、腰から背中に抜ける、皮膚一枚したのくすぐったさが、ああ、耐えられない。
2010.3.23 あゆみさまに捧げる