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一夜の夢よりも長く

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どうしても逃れられない悪夢なら、起きている間だけでも幸せになるべきだろう。私はそう思うのだ。

―――――――


 すっかり闇に呑まれた空を見て、その闇に穴を空けるように浮かぶ白い月を見て、アリスはそんなことを思った。
「あいつの心ん中もこんなんなんかな」
 呟いた自分の言葉に気分は暗くなる。アリスはそんな思いを振り払うように頭を振り、眼前のキーを叩く。締切は、明日だ。



「ぐっもーにん! 朝やで、火村センセ!」
火村の耳元できゃんきゃんと騒ぐ仔犬が一匹――締切明けのアリスだ。火村はそっと耳を塞いだ。
「あっ、あかんて。今日はお出かけするんやから!」
「聞いてないぜ、そんなこと……」
結局すっかり目が覚めてしまった火村はしぶしぶ起き上がった。大きな欠伸を、一つ。
「そりゃそうや。今初めて言ったもん」
「ドヤ顔をするなドヤ顔を」
手探りでキャメルの箱を探し当て、一本目。紫煙はゆらゆらと滞留する。
「ええやないの。たまにはお出かけせんと」
「どこに行くんだよ」
「どこがええかな」
一瞬止まってから、火村は呆れたようにため息を吐く。行き先も決めずに出かけようと他人の家まで押し掛けてくるやつを火村は初めて見た。そんなこと、普通ではありえない。
「君はドコ行きたい」
「できれば出たくねぇな、ここから」
「ならしゃあない。ここでまったりしようや」
おや、いつもと様子が違う。いつもなら何としても、引きずってでも火村を連れて行くのに、今日はあっさり引いたではないか。
「何かあったか」
「? いや?」
「じゃあどうしたんだ」
「……君の心ん中は曇った夜空のようやなぁと思うただけやで」
今日はまたいつになく作家らしい事を言う。火村は俯いて静かになったアリスを片手で引き寄せた。
「ひむら?」
「何でそう思ったんだ」
それだけで、どこかへ連れだそうとしていた。それだけで、自分の心が晴れるように何かをしようと思った。そんなアリスが愛おしくて愛おしくて。だから自分は惹かれたのだろうと、火村は自己分析をした。腕の中ではアリスが小さくなっている。曇った夜空のような心は自分だって持っているのに。
「昨日、そんな空やったろう。ぽっかり穴が空いたように月が浮かんでて……」
「それはお前も同じだろう」
え? と顔を上げたアリスに火村はそっと頬を寄せた。アリスは目を丸くしながら頬を寄せ返す。頬から伝わる熱に、安心した。
「悪夢は、まだ見るんか」
「ああ」
「ならな、起きている間だけでも、君は幸せになるべきやと思うたんや」
「ほう」
「起きている間だけでも、悪夢を思い出さんように……」
伏せた目は長い睫に覆われて、隠れた。顔を離した火村は今までくっつけていたアリスの頬に軽くキスをした。
「火村」
「ありがとう、アリス」
「……ええよ」
しっかり火村に抱きついて、珍しい火村の感謝を噛み締めながらアリスは重くなってきた目蓋をそっと閉じた。自分も同じ心を持っていると、火村は言った。そうかもしれない。あの日は未だ自分の中で暗く留まっているのだろう。それを打ち払うように火村という、明るさが自分にはある。自分は、火村の明るさになれているだろうか。少しだけ、不安になった。
「アリス」
「何」
「出かけないか……紅葉狩りに」
「ええで! 早く、早く行こう」
「ちょっと待て。おい、着替えをさせろ」
「早ようして!」
「女か、お前は」
きっといつまでもこんな風に労って労れて、心地の良い関係で居るのだろう。夜空に月が必要なように、お互いを照らし合うのだろう。火村は、恥ずかしさを隠すようにくしゃりとアリスの髪に指を入れた。
作品名:一夜の夢よりも長く 作家名:かずら