美しき暴力
少年が、変化に気付いたのも日差しの強い朝だった。
「ねぇレン、朝ごはんにしようよ」
双子の少女が、開いたカーテンに掛けたままの手に触れた。少年と似通った容姿。発育の遅い肢体。少年の方が高かった背は、いつの間にか並んでしまっていた。開け放した窓の向こう、二羽の鳥が仲睦まじく飛んでいく。
思い出しても、確かに予兆がなかったとはいえない、バグと多発するエラー、ネットワークにぽつりと孤立していた修正パッチ。だがそれらの過去を取り返しがつかない、と確認した所で反省という行為に将来への影響は微細だ。重なる爪だけは意地のように少女より短く切り揃えて、少年は自分は男である、と誰かに、あるいは自分に主張を続ける。
やかんが口を噴かして少女を急かす、少年から手を解いて少女はコンロを止めた。
「レンはコーヒー? それとも紅茶?」
パジャマは揃って七分袖、成長するごとに離れていったはずの関節の太さ、腕の筋肉、ふくらはぎの硬さ、それらの双子が二人であると定義付ける差異は徐々に失われていった。少女を守ろうと密かに念じていた覚悟はもう遠い昔の話であって、日に日に、それこそ夜が明けて朝になる度に少年は「女」に、そして双子の「少女」に近づいていった。変化は、おそらく、声だって。
「リンはどっち」
「私はミルクティーにする」
「じゃあコーヒー、ブラックで」
ばん。叩かれたテーブルの上で、砂糖瓶が跳ねて中身がさらさら流れる。下手人の少女は真っ赤になった手を殊更にぎゅっと握って、振り向いた少年を潤った目で睨んだ。
「そうやって拗ねるの、もう止めなよ」
震える体を抱きしめたら潰してしまう、なんて不安がとても懐かしい。前は軽く抱えていた少女の体はもう簡単には持ち上がらなくなった。違いを失う体に反抗して、せめて行動だけは差異を付けようと試みる少年を、少女が快く思うはずが無い。今までは全部お揃いでいつだって一緒だった、のだから。
涙をぼろぼろこぼす、少女に近づいて頬をぬぐう。触れる度にいちいち手加減を考えていた昔を羨みながら、赤くなった瞳にキスすると、少女は抗ってぽかぽかと少年を叩いた。こんなぐらい痛くなかった、はずなのに、どうして、涙が出るほどに痛いんだろう。
「さっき、トイレ行ったら、さ」
叩いていた、手が止まる。だらしなく垂れた腕を包むように、細い体を細くなった腕で抱きしめる。開いたままの窓から、勢いよく風が吹いた。カーテンがはためき、散らばったままの砂糖が空中に舞う。
「血、がさ」
いまだ震える、か細い少女の腕が、少年の背に回った。それ以上に力強く、少年はもう手加減の要らない腕で少女にすがる。
きらきらと、強い光を受け止めて、こぼれた砂糖が光って目を焼く。その美しい暴力が、全ての朝を壊すのだ。