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微妙にあんばぜ

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「アンリ、風呂に入りましょう」
「・・・は?」
きっかけは、この一言からだった。


「で、どうしてこうなった」
ちゃぷん、と小気味良い音をしてお湯が跳ねた。その姿とは対照的に暗い影は全身で疲れを表現するかのように縁にもたれかかっていた。それもそのはず、何故ならこの女が、
「どうしてもこうしてもない。普通でしょう」
「どこがだ!お前は俺をなんだと思ってやがる!」
オレの制止も虚しくこうして着いてきちまったからだ。つまりは、相風呂。

第一にオレは男で更には腐っても英雄で(まあ守られる立場にあるのは分かってるが)、まあ正直に言ってしまえばこんな出るとこは出ててしまってるところはしまってる、スタイルがよい女がいるのに何もしない、なんてことは出来ないのだという話である。
「・・・リ」
風呂とか好きなシチュだし手を出したい気持ちは山々なんだがまあ出したところでフラガラック、なんて使わずともこいつなら拳一発でオレの陥落は確実だろう。健全な男子にそういうプレイを迫りますかそうですか。
「・・・ンリ」
まあ何が起ころうと何度でも繰り返すこの日々、元はと言えば刺激を求めて始まったものだ、なら別にいい・・いや、マスターの機嫌を損ねるのは危ない。なんつーか、存在を抹消されそう?本当どうしろって、
「聞いているのですか、アンリ」
「・・・なんだよ」
体全体で水の鼓動を感じる。風呂が広くて助かった、もっと狭ければ俺の消滅は決定事項だっただろう。
「いえ、貴方にしては珍しいと。何もしないなんて」「何かしていいのか」
「ふむ。何でお返ししましょうか」
ま、冗談ですが。え、冗談でも無いだろ?フラガラックを一発無駄にするのは心苦しいですが覚悟しなさい。ごめんなさい。

ぱしゃん。
一通り問答を終えたあと、話すこともなくなり、二人して黙りこくってしまった。嫌いなんだよな、こういう空気。っていうか向こうが話かけてきたんじゃないか、こっちが切り出すのもアレだろ、と意図した訳でもないため息が出た瞬間に、女が口を開いた。
「別に、嫌がらせのためにやった訳ではないのです」
何を言い出すんだこの女は。嫌がらせって、お前、何を今更としか言い様が無いんだが。
「・・・日本の言葉に、裸の付き合いという言葉があるでしょう。だから、」
もっと交流をしたかった。
ぱしゃん、とまたお湯が跳ねて、今までそれを伝えていた背中に、液体でもない温かみが伝わった。
「でも駄目ですね、つい癖で殺伐とした会話になってしまう。でも、これはこれで実になりました」
さらに伝わる、軽い重み。
それが余計、彼女を際立たせた。
「・・・・」「アンリ?」
反則すぎる。
レベルで言ったら武士の一対一の戦いにマシンガンをぶっぱなすくらいに反則だ。
「まさかアンリ、」
背中が支えてた重みが揺れる。動く波に呑まれそうになって、もう一度縁をしっかりと握りしめた。
「照れて「うるさいダメット」
あんなこと言われて照れないヤツがいるか。今のオレは限りなく林檎に近いのだろう―まあ、腐ったものだけど。
それに笑いの一つや二つ飛んでくるかと思いきや響き渡るため息。それも安心したような、そんなもの。
「・・・まだ、貴方も普通の子供じゃないですか」

安心しました。と、彼女は言った。

「ちょ、それどういう―「私はもうあがります。付き合いありがとうございました」
ばしゃん、と。
豪快に湯から飛び上がり、すたすたと出口へと向かって行ってしまった。後に残るのはだらしなくもたれかかるオレのみ。
「・・・なんだそれ、勝ち抜けかよ、」
それでも何か嬉しくて、くすっと笑った後、自分もあがろうと縁に手をかけた瞬間、ふやけた手にお前は淵にいるのだと思いしらされた。

一寸先は無
(いずれ消え去るユメの象はあまりにも切なくて)
(それでいて手をのばした時には反転して深淵に堕ちるオレを笑った)




のぼせるまで入ると指って皺だらけに見えるじゃないですか、あれが先日シネ(エンドレス)の顔に見えたので。
作品名:微妙にあんばぜ 作家名:ちとせ