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入水だろうか

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謝られた方の綱吉は、なんのことだと一瞬分からなかった。
確かに不躾なことを言われた。今まで悪評は山のように浴びてきたが、言われたら言われっぱなしだった。あまり謝られる経験がなかったから、素直に兄を感心した。たったそれだけのことだけど、父親よりはずいぶんまともな人間のようだった。
父親から渡された書類はざっと見るに必要書類だ。綱吉が書いて提出する類いのものばかり。通帳と印鑑だけ渡されても、と開くと、中にはパスワードが書かれた付箋紙がついていて、金額は見たことのないほど横に長い額。ゼロを数えないと、いくらなのかも分からない。
「なんだこれ!!」
しかもこれで終わりでなく、毎月仕送りがあるのだという。家でもたつかな、アパートなら何日やっていけるかな、計算してしまったのはしょうがない。
綱吉は通帳をそっと閉じた。
どうしよう、と思ったが結局貯金しか手段が出てこない。お金を使うことに慣れていないし、これが自分のお金と考えられるほど楽観的でもない。
ありがたいものやもったいないものは枕の下に入れなさいと言う母の教えのまま、通帳と印鑑は枕カバーの内側へしまった。この教えにはアイスを入れて失敗した苦い思い出もあるが、今でもついやってしまう。
皺をのばして拝んでみたところで、奥の部屋から獄寺が顔を見せた。
「綱吉さんありました!」
「えっなにが?」
「パンツっす!風呂のあと替えがないと思ったんで、使ってないやつ、どうぞ」
「えっ、わっ、ありがと……う……?」
体一つでやってきた綱吉には有難いことだけど、獄寺の右手からのぞく布がピンクの虎柄なのに、綱吉は困惑した。
ハンカチだろうか。
ぺらりぺらりと揺れるそれに現実逃避をしっかりして、綱吉はひとつだけ確認した。
「それ、獄寺君の趣味?」
「違いますこれ姉貴のっすから!」
つまり、彼が持っている下着は女性ものだった。


次の日綱吉はズボンをきっちりとはいて、ベルトをしめた。パンツがパンツだから、うっかり見えるわけにはいかない。
町に繰り出して、とりあえまずお金をおろす。一番最初に買ったのは財布だ。お金を抜き身で持ち歩くわけにはいかない。
次に下着だ。トイレでこっそり履き替えて、ピンクの虎柄は包みに包んで捨てさせてもらった。持っていても二度と履かないだろう。
それから学校関係のもの。制服、指定の靴下、教科書、鞄。ここまで下着以外がすべてブランド品という恐ろしい事態と値段に、綱吉は今日のことを夢じゃないかと思った。
買いものが歯ブラシなどの日用品になると、見知った値段に安心して泣きそうになってしまった。
「あとは服っすね!」
「服かぁ」
私服は好きに選んでいいはずだ。実は、ちょっと豪華にユニクロに挑戦してみたい。いままでのように3枚千円の生活は、さすがに獄寺が許さない気がした。
けれど今日綱吉の予想を一番上回ったのはこの私服選びだった。
この店なんか似合うと思いますよと連れてこられたのは、バカ高い制服とかわらない金額がするブランド店。店員がすぐさま獄寺に話しかけたのに対して、綱吉はスルーされている具合だ。当然だろう。
「獄寺君」
さっそく手近な服を綱吉にあてる彼に、控えめに、しかし譲らない決意で話しかける。
「俺、安いのがいい」
「あっじゃあ二件先の」
「ブランドじゃなくてユニクロがいい」
いままで通りのスーパーの安売りがいいとはこの場で言えなかった。
「駄目です」
大真面目な顔で言われて、綱吉の方が反論できなくなる。
「服ひとつでナメられて、何かあっても遅いんです」
そう言われて財布は高いものを買わされた。けれど私服は。
「………部屋着じゃん」
「結局それで部屋の外を歩くことになるでしょうし、お勧めできません。パジャマも」
不満げな顔をする綱吉に獄寺は真面目でありながら、申し訳なさそうだった。
「綱吉さん、どうか」
「………わかったよ。でも俺、もうお金の相場が異世界なんだけど」
全部まかせていいのか、と暗に言えば、嬉しそうに頷かれる。
結局憧れのユニクロを軽く飛び越えたものばかり買い揃えてしまった。
不満はピンクの虎柄以上にあったけれど、もとより人に突っかかる方ではない綱吉は黙って獄寺のいうことを聞いた。
「こんなに色々準備があるんだ……」
暗に、必要ないだろうという思いがこもってしまう。
「俺も姉貴に散々勝手にやられたときおんなじこと言いました。そん時はすげぇ反発したんすけど料理を……いややっぱ忘れてください」
「えっ獄寺君転入生だったの!?」
つまり、綱吉と同じ庶子だ。
「あっ俺しばらく路上生活してたんス!」
そこはにこやかに言うことじゃない。
一瞬で店内の店員さんすべてが振り向き、即座に何事もなかったような顔に戻ったのを綱吉は見逃さなかった。



未完。

作品名:入水だろうか 作家名:ぴえろ