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どすん。ばたん。人間が暴れる音なのか、ものが床にたたき付けられる音なのか。正解は、どちらも、だ。
コンウェイは、はっきりとキレていた。性別を見紛う美しい顔を歪め双眸を吊り上げ歯を剥き出しにして、精一杯の威嚇をしていた。
一方、威嚇される方であるスパーダも、決して負けてはいなかった。むしろ腕力だけならスパーダに勝率があるが、なにしろ相手が渾身の力を込めて抵抗してくるのだ。男同士なのだから、力勝負は一筋縄とはいかない。歯を食いしばり両手に力を込めて、スパーダはコンウェイを押し倒そうと必死だった。

「君は本気なのか……!本気でボクを抱こうっていうのかい!」

「オレとあんたじゃその方が自然だろうが!」

「誰が女顔だああんコラァ!!」

「おい気づけ、今自分で墓穴掘ったぞ!」

大事なことなのでもう一度。明らかに、コンウェイはキレていた。
別に、恋人同士なのだから。こういった流れは不自然ではないのだ。手も繋いだ、キスもした(子供には見せられないような)、もっと深い部分まで踏み込むのは流れ的にありだ。ない訳がない。けれども、だ。

「いいだろ、別にボクが君を抱いても!減るものじゃあるまいし!」

「バカかあんたは!オレは抱かれる趣味はねえよ!減らねえのはそっちも同じだろ!」

ようは上か下かで揉めているのだ。
お互いに恋愛経験がないわけではない。ましてや女性と同衾したことなどスパーダでさえある。そして、お互いに同性と恋人同士になるのは初めてときたら、それは喧嘩の種になる。
コンウェイは自分の顔がひと目で男に見られないことを非常に気にしていた。琴線のような逆鱗のような地雷のようなその容姿のせいで、何度不愉快な思いをしたのか本人でも数え切れない。スパーダはスパーダで、男に抱かれるなどぞっとしないという訳で。既にこれはプライドのぶつかり合いだった。

「大人しくしろこの野郎!」

「してたまるか!君こそ年長者の言うことは素直に聞きなよ!」

そうして物を投げ合いの取っ組み合いの大喧嘩になったわけだが。
冒頭にも記した通り、単純な体力勝負なら分があるのはスパーダだ。じりじりと押されつつあるコンウェイは本気で焦り始めた。このままでは女役にされてしまう。なんという笑えない話だ。
スパーダはすぐに自分が優勢だと気付き、もう一押しとばかりにコンウェイの手を握り潰す。

「いっ……」

その痛みに気を取られ。ついにコンウェイは均衡を保てなくなった。
好機とばかりにスパーダはコンウェイを抱き上げ肩に担いで、直ぐさまベッドに放り投げた。
ぼす、と腰がシーツにたたき付けられる音がした。コンウェイはそれでも逃げようとすぐに起き上がり、転げるように降りようと手を伸ばし上半身を乗り出すが、スパーダはそれを片手で制して押し返し、コンウェイはいとも容易くベッドに戻る羽目になった。これを逃すまいと、すぐにスパーダはコンウェイの上に覆いかぶさる。帽子がコンウェイの頭の横にぽすりと落ちた。

「観念しろよてめえ」

お互いに息切れしつつの攻防はついに集結した。
コンウェイはそれでも、諦めたくはないらしく。無言でスパーダを睨み上げるが、優劣が変わる訳もない。やれやれとでも言うようにスパーダはコンウェイの頭を撫でた。

「おとなしくしろよ。負けは負けだろ?」

先程までの喧嘩腰とはまるで違う、子供に言って聞かせるようなその物言い。
コンウェイはそれで納得するほど、これに関して物分かりがよくはない。相変わらずの眼光を一身に受けて、スパーダはため息をついた。

「オレはあんたを女扱いしたい訳じゃねえんだよ。そこだけはわかれ」

「……なんだい、それ」

「好きだから色々……こうムラムラとなァ。女のがいいっちゃそうだけどよ、コンウェイ以外じゃ無理だぜ、オレ」

「何が言いたいの?」

「女顔の野郎でも女でもなく、コンウェイがいい」

それは真っ直ぐな好意だった。下心がない純粋な告白だった。他のものなど目もくれず、ただひたすら好きになった相手を見るその眼差しは、コンウェイを黙らせるのに十分すぎる。

「あんたはオレが好きじゃねえのか?」

「……そうでなければ、とっくに蹴り上げているよ」

さらりと身の毛もよだつ恐ろしい事をぽつりと呟き、コンウェイは力を抜いて俯いた。ふわふわとした黒髪が、端正な顔にかかる。
スパーダは、するりとすり抜けるような癖のある黒髪に手を差し込んだ。柔らかく抵抗する髪は、触り心地がいい。撫でられるのは悪い気がしないらしいコンウェイも、大人しく手を受け入れていた。

「………ボクは男性を相手にするのは初めてだからね」

ぽつりと呟いたその声に。スパーダはオレもだ、と笑い返して、上着を寛げた。

作品名:誰かタイトル下さい 作家名:Aのひと