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真実(ほんとう)のキモチ

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「婚約者同士にしろ、邪魔をするな、大事な話があるのだからな」

そう蜻蛉に言われて、僕は引き下がるしかなかった。

凛々蝶さまは、今日僕とコーヒーを一緒に飲むはずだったのに・・・。二人の時間を楽しむはずだったのに・・・。


でも、もしかしたら。
すぐに戻られるかもしれない。夕方には戻っていらっしゃるかもしれない。
凛々蝶さまは律儀なお方。僕との約束を簡単に忘れるとは思えない。
でも・・・。
蜻蛉は、あの秘密を凛々蝶さまに話すと言っていた。あのことを聞かれたら、凛々蝶さまは、僕を嫌いになるかもしれない・・・。

凛々蝶さまが、蜻蛉に書いていた手紙に対して、犬にしか過ぎないいやしい僕が、返事を書いていたなんて。凛々蝶さまの婚約者のふりをして、凛々蝶さまの手紙を読んで、勝手に返事を書いて。凛々蝶さまをずっと、だましてきた僕。裏切り行為といえるだろう。

そのことを知ったら、凛々蝶さまは、僕とのシークレット・サービスの契約を解消なさるかもしれない。もう、凛々蝶さまのおそばにいられなくなるかもしれない。

怖い・・・。せっかく、会うことができた凛々蝶さまに、もう会えなくなるなんて。SSと
していつも近くにいることができるようになったのに、もう凛々蝶さまにお仕えすることができなくなってしまうなんて。
また、暗闇の日々に、戻るなんて。生きる糧も目的も、失われるなんて。

でも。一方で。心の片隅で。凛々蝶さまにわかってほしい、知ってほしいという気持ちもあった。

あの手紙を書いていたのは、蜻蛉ではなく。僕なんです。
凛々蝶さまの手紙を一文字一文字読んで、かみしめて、心を動かされて、凛々蝶さまへ返事を書いていたのは、僕なんです。凛々蝶さまと、気持ちを交換していたのは、僕なのです・・・。凛々蝶さまの手紙に、凛々蝶さまの言葉に、救われていたのは僕なんです・・・。

・・・そんなこと、許されるはずもない。こんな卑しい僕に。不浄の僕に。
でも、やはり、心のどこかで願っているのです。貴女が、真実に気づいてくれることを・・・。



6時。
7時。
8時。
9時。
10時。

凛々蝶さまがお部屋に戻ってこられた気配はない。蜻蛉の車も戻ってきていない。

(凛々蝶さま・・・こんな時間まで・・・)

何度も彼女の携帯に電話しようと思ったが。そんな行為は、犬である僕に許されることではないと、自分を戒めていた。でも、彼女のことが心配で。声が聞きたくて。携帯につい手がのびてしまう。僕は頭をふって、シャワーでも浴びて、気をそらせることにした。
思いっきり冷たい水を、頭から浴びた。
そうすることで、汚れた自分を少しは清められるような気がして。


ピンポーン!


(!!)


部屋の玄関のチャイムが鳴る。
急いで、服を着て、ドアを開けると、そこに凛々蝶さまが立っていた。

(凛々蝶さま・・・よかった、ご無事で・・・)

「御狐神くん、今日は約束を守れなくて、悪かったな。とでもいえば、満足かな?」
凛々蝶さまは、一応謝罪しようとしてくださっているらしい。メロンを抱えているのは、謝罪の印なのか?
「・・・お話は聞かれていないようですね・・。」
「何の話だ?くだらない話なら山のように聞いたが・・・とにかく、遅くなって悪かったな」
「いえ・・・僕になぞ、蜻蛉さまのことで謝罪する必要なんてありませんよ、凛々蝶さま・・・」
無事な姿を確認したら、急に僕の心の中に、嫉妬が沸きあがってきた。

(こんな遅くまで、蜻蛉と・・・。どこにいっていらしたんですか?凛々蝶さま・・・)

「案外、凛々蝶さまもまんざらではないのでしょうか?」
僕の口から、醜い嫉妬が言葉に変換されてつむぎだされる。
「なっ!?そんなことあるはずないだろう?!」
凛々蝶さまは、きっと僕のほうを見返す。
「では、凛々蝶さまは、気づかぬうちに男心を惑わせる術をご存知なのですねえ?」
真っ黒な嫉妬が。自分にもコントロールできない感情が。彼女へ言葉を向かわせる。
「喧嘩をうっているのか・・・?」
「とんでもない。凛々蝶さま、僕はあなたの犬ですよ?あなたに逆らうことなど・・・ありえましょうか?」

偽りの言葉。本当は、蜻蛉とどこで何をしていたか、彼女に問いただしたいくせに。彼女に男心をかき乱されているのは、他の誰でもなく、自分なのに。

凛々蝶さまは、表情をゆがめて、くるりと反転すると、廊下を走って去っていった。

(僕はなんてことを・・・)
こんな感情が存在するなんて。
こんな激しいキモチが自分の中に存在するなんて。
これほど、制御できない激しさが、自分の中にあるなんて。

(凛々蝶さま・・・すべては、貴女が・・・貴女だから・・・僕は・・・)

凛々蝶さまを追いかける勇気もなく、廊下に転がっていたメロンを拾いあげて。自分の部屋に閉じこもった僕は、携帯にメールが届いていることに気づいた。凛々蝶さまからだ。


『今日は遅くなってごめんなさい。約束を守れなくて申し訳なく思っております。明日こそ、一緒にコーヒーを飲みたいと思っています。』


(凛々蝶さま・・・・約束を忘れたわけではなかった・・・)

彼女からのメールが。メールの中の一文字一文字が、僕を満たしていく。どす黒く僕の中に渦巻いていた嫉妬を、浄化していく。

(ああ、凛々蝶さま・・・)

僕は携帯を胸に抱きしめて、その場に座りこんだ。

どうしたら、わかっていただけるでしょうか?僕がこれほどお慕いしていることを。
僕にとって貴女の存在こそ救いなのです。
多くは望むまいと。貴女の傍にいられるだけでいいと。そう自分を律してきました。でも、貴女と時間を共にしていくうちに。僕はもっと、もっと、貴女に近づきたい。貴女が・・・欲しいのです・・・蜻蛉なぞに渡したくないのです・・・いえ、誰にも渡したくないのです。

貴女をどこかに閉じ込めてしまいたい。
僕だけの世界に閉じ込めてしまいたい。
僕だけが、貴女に触れ、貴女に尽くし、貴女にかしずく。
ああ。凛々蝶さま。僕はどんどんわがままに、貪欲になってしまいます・・・。
どうしたら、いいのでしょう?


貴女を傷つけることなく。
僕の気持ちをお伝えするには、どうしたらいいのでしょう?

僕はそのまま朝まで一睡もしなかった。