未来へ・・・
全身に受けた傷はまだ癒えていなかったが、それでも京都になるべく早く行きたかったのだ。薫と一緒に。
それは剣心にとって、ひとつの、そして大切なけじめだった。かって自分の手で殺めた妻、巴の墓を訪ねる。薫と共に。それが、剣心にとって、真の意味で幕末を終わらせることでもあった。迷い、悩み、探し続けてきた、これからの人生を生きるための答えを、その答えを見つけ出したことを、巴に報告する。それが、巴が存在する過去への決別。幕末の日々への決別。そして・・・薫との人生へ踏み出していく出発点。剣心は、そう心に決めていた。
「一緒に京都に行ってほしい。そして、巴の墓参りをしたい。」
剣心の言葉に、薫はふわりと微笑んでうなずいてくれた。何も聞かないで。ただ、やさしく笑ってくれた。
自分の様々な思いを、葛藤を。薫はすべて受け止めてくれているのかもしれない。もうずっと前から。自分よりずいぶん年下の、まだ17歳の少女なのに。自分を包み込むような彼女の存在。
愛おしい。
こんな気持ちを誰かに抱く日が来るなんて。なんの憂いも陰りもなく。ただ、愛おしく、あたたかい。彼女がそばにいてくれること。彼女のそばにいられること。そのことに、ただ、感謝したい。素直に、喜びたい。こんなまっすぐな気持ちでいられる自分に、剣心は自分でも驚いていた。
巴の墓の前で、剣心は、謝罪と、感謝と、縁を見守ってほしいという願いと、そして、本当の意味でのさよならを、伝えた。
(やっと、前に踏み出すことができる・・・。薫と・・・)
剣心は横にたたずむ薫に手を差し出した。
「そろそろ、行こうか・・」
君との未来へ。
幕末から明治へ。
凍りついた過去から、君とのあたたかい日々へ。
君を・・・愛する未来へ。
薫は、自分の言葉にこめた意味をわかってくれただろうか。頬を染めて、その手を自分に重ねてくれた。剣心は、その手をぎゅっと握って、東山へ歩いていく。
「薫殿・・」
「え?」
「ありがとう。」
「剣心・・・」
「一緒に来てくれて、ありがとう。ずっと・・・拙者と一緒にいてくれて・・・ありがとう」
「!」
「拙者も・・・」
剣心は東山の石畳の道の上で立ち止まり、薫のほうを向いた。
「拙者もずっと一緒にいたい。薫殿と・・・ずっと、一緒に・・・ずっと一緒にいたいでござるよ」
「剣心・・」
「許してもらえるだろうか?拙者がそばにいること・・・たくさんの人を殺めてきた罪を追ったまま・・・その罪を償いながら・・・それでも拙者が薫殿のそばにいることを許してほしい。拙者は薫殿のそばを、もう二度と離れたくないでござる。拙者の帰る場所は・・・」
剣心は薫の手をぐっととって、彼女との距離を縮めて、彼女の瞳をまっすぐに見つめながら言葉を継ぐ。
「ここしかない・・・薫殿が、拙者の帰る場所でござる・・薫殿なしの日々は・・・もう考えられない・・・」
「剣心・・・」
薫は涙をあふれさせている。
「苦労させるかもしれない。これからも、拙者の過去の報いが明治の世にもふりかかってくるかもしれない。それに、拙者には・・何にもない。薫殿にあげられるものは、この身だけ。この・・・思いだけ・・・それでも・・・拙者は薫殿のそばにいたい。一緒にいたい。もう・・・離れたくない!もう、自分の気持ちを偽りたくない!」
剣心は薫をぐいっと抱きしめた。
夕暮れの東山。行き交う人もまばらで。ひぐらしが鳴いている。
「剣心・・・十分だよ・・・剣心のその思いだけで。十分だよ・・・私だって・・・もう、離れたくない・・・剣心と一緒にいたい・・・ずっと・・・」
二人はお互いの身をひしと抱きしめた。
そばにいたい。
一緒にいたい。
一緒に・・・生きたい。
それが、二人の思い。二人が共に抱いている願い。
黄昏の中、ひぐらしを永遠に聞いていたい。この夕暮れの中にずっと二人で、こうしていたい。
東山に姿を見せた若い月のやわらかな光が、二人を包んでいた。