勝ち逃げ性分※雲雀女体化
目の前でキザったらしく足を組む男。ルックス、資産がハイレベルに食い込む男は笑う。笑って、でも己の前にいる女に訴えた。
午後の、空港は気だるさがある。カフェは時間をやり過ごそうとする旅客すらまばらだ。
男は次の便で去ってしまう女を、一定期間、自分の主人となった女を引き留めたい、そう思った。同じテーブル。同じブラック珈琲。自分たちは対となるにふさわしいだろうと直感する。カフェの前に突っ立っている、女のそばに控えている男のことなど出会った端から見ていない。
ただ、香気の漂うなか触れたい女を見ていた。
女は伸ばせば艶めくだろう黒髪をもっている。それをいっそ冒涜と言いたいくらい、前髪さえ短く切り揃え。それゆえ罪深いほど白い肌を見せつけている。鋭いが女らしい丸みを帯びた目元。服は黒を好む。飾り気はない。それでいい。化粧も貴金属も香水も彼女には不要だ。彼女がもつ色彩は精彩豊か。彼女の瞳より輝く宝石などない。彼女がまとうのは名前だけ。
雲雀恭弥。孤高の浮き雲。
それだけを魂に刻む彼女は美しい。
男は哀願しながらも雲雀に魅了され、ため息をつく。美しい横顔。まるで宝剣のような。ついっと流し見られ背骨が震える。
「この世で一番のバカ」
赤い唇からこぼれるハスキーな声。罵りさえソナタに聞こえるだろう声音に、男は反応を遅らせた。
「え?」
「今、僕が、みている、誰か」
意味を飲み込んだ男の顔に、不満と、嫉妬が混じったのをかぎとる。雲雀は、それ以降一切男を無視した。無視してテーブルから立ち上がる。だから腰を抱きすくめ無理やりキスを男がほどこそうとしたときも、無感動にトンファーのグリップで殴った。楽しくないな、素直に頬を膨らませる。
簡単に地に伏せた男が、情欲に悪意を滲ませて、罵る。この、ジジイの×××、オレは知っているんだぞ、と薄っぺらく嘲笑う。カフェの店員は雲雀のトンファーに目をみひらいて、男の言葉に顔をしかめた。
「老いさらばえたドン・ボンゴレは、お前を満足させられているのか?」
快晴だ。
ドン・ボンゴレは手入れしていたトマト――彼の故郷からきた品種――をもぐ。いいできだ。今年もトマトパーティーをしよう。9代目が3年分うちに送ってきた気持ちも今ならばわかる。そう鼻唄を歌いトマトにキス。次のトマトをもぐ。すると不思議。美しい手を握ってしまった。
なんて、まあ彼女がトマト園に足を踏み入れた時点でわかっていたけれど。
トマトを取ろうとした手を後ろから拘束され苦笑する。
「お帰りなさい」
わかっていたけれど、実際そうなると、本当に嬉しいのだ。
ドン・ボンゴレの、情婦。
雲雀はありきたりなそのカテゴリーに、恐らくは位置している。確かに、そういった事実はあった。それでもこの事実はある一定を越えなければ知ることはない。知ることは、ステータスだろうか。くだらない。
己を下卑た目で見てくる人間に雲雀はただ、白けた。
そしてドン・ボンゴレは、静かに深く傷ついた。この一件で雲雀が関心を持ったのは、その一点のみである。
いったいどんなくだらない、こまかいことで、彼は心痛めたのだろう。自分のことを、どれだけ考えてくれだろうと雲雀は笑った。きっと彼の傷口は彼女にとって蜜だ。
彼は雲雀が好きだろう。世界でいっとう、好きだろう。
なのに彼は、結婚してくれとは、言わない。
幸せになってくださいという。
「オレが幸せにしてやる、くらいいってみな」
「貴女がオレに、してくれたように?」
そんなすごいこと、オレには無理だとドン・ボンゴレ…沢田は言う。
沢田は、多分もう雲雀に触れる気はないのだ。
たった一度。雲雀が二十歳のとき、守護者を承諾した夜。貴女が欲しいものを、ひとつ、あげようと言った沢田の声を、覚えている。
「…あの子は、元気ですか」
ささやくように、沢田はたずねる。あの子。もう9歳になる、雲雀の。
雲雀の、弟。
「君に会いたがっていたよ」
言えば笑う。笑うのに泣きそうな、一番かわいい男の腰にヘルニアになってしまえ、と爪を立て。雲雀は唇をかっさらう。
作品名:勝ち逃げ性分※雲雀女体化 作家名:夕凪