ナシプの癒しの術2
「クールタイム中だったんです…」
とのこと。かなり汎用性の高そうな台詞だ。
…魔法も使えないのにクールタイムとかあるのか?
いや、あのあたりを一人でふらふらしていたということは、実はそれなりの実力者じゃなかろうか。
まさか、その杖で殴打するとかか。
ナギの戦闘能力に関しては謎が深まるばかりだ。
ともかく、ここを歩いていた理由は、助けたい人がいて薬草を集めているとのことだった。
助けたい人はエグリート様と言って、要点を言えば素敵な人物だということだ。
男前ってことですね。(俺の中の希望の一部はくだけちった。)
ただ、そのエグリート様というやつは相当病状が思わしくないらしく、
今のところ治し方もわからないらしい。
その話し方のトーンは下がり調で、この話題はおそらく地雷踏んでる気がする。
話題の変更とともに、いよいよ癒しの術についてダイレクトに質問してみようかと思い始めたころ、
大きな要塞のような村にたどり着いてしまった。
周りは先の削られた槍のような丸太で囲まれていていかにも要塞という感じだ。
しかし、周りが堀になっているわけでもなく、
ましてや対魔法の装備などされているようには見えず、
要塞の機能としては若干もの足りないのではないかと思える。
村の前には、ナギと同じく角を生やしている、
動きやすさを重視した軽装の格好の、槍を持った門番らしきナシプ族が立っていた。
「ここが私たちの村です」
ナギはそう言ったが、さきほどまでよりちょっとぎこちない感じで、
中に入るのはちょっと遠慮してほしいように思われているのだと、少なくとも俺は感じた。
どうすべきか少し悩んだが、その最中に門番らしきナシプ族から声がかかる。
「待て。人間がここになんの用だ?」
この口調は明らかに歓迎されていない。だが、この直後にナギがしゃべってくれた。
「この方は私のことを助けてくれたんです!そしてここまで案内してもらいました!」
門番の目つきは厳しいままだが、一応名前くらいはしゃべってみよう。
第一印象は大切だ。なにか奇跡でも起きるかもしれない。
「マースと申します…」
「人間は信用できないな…早くここから立ち去れ!」
これは奇跡的な嫌われようだ。俺、人間なんですがなんか悪いことしたのかな。
せっかくナシプ族とお近づきになれるチャンスだと思ったのだが。
「この人は…この人は悪い人ではない…と思います…」
ナギは自信のなさそうな助け舟を出してくれたが、これは進入禁止の雰囲気だ。
残念だが立ち去るしかないのか、と思っていたとき、奥のほうから声がかかった。
「どうかしたんですか?」
若い青年の声だ。
「エグリート様!」
エグリート様と呼ばれた青年が門の前までやってきた。
服と髪の色は共に緑をベースとし、木の葉のペンダントを付けていて民族衣装といったような格好だ。
ただ、手にはグローブ、肩にはショルダーパッド、顔に太陽のようなタトゥーをつけていて、
いくらか戦闘を連想させる格好でもある。
「ナギ…。…その人間は?」
門番と同じような厳しい目つきで見られた。
これは尋常ではない、と思った。
エグリート様と呼ばれる青年の目つきのことではない。
エグリート様と呼ばれる青年が想像を超えるイイ男であったことでもない。
その体から発せられる魔力だ。
ナギも異常な魔力の持ち主であるが、この青年は違う。
尋常ではなく低い魔力と、まるで生き物ではないかのような無機質な感じの魔力の2種類が発せられていた。
本当にこの人は生きているのか?
「マースさんは怪物に襲われている私を助けてくれたんですっ!」
「そうですか…」
エグリートはこちらを見たまま言葉を続けた。
「ナギを助けていただきありがとうございます。しかし、我々は人間のことを快くは思っていません…」
俺は目の前の状況に呆然としていて、あまり目の前のやり取りに意識を向けていなかった。
そんな俺の反応は不審に思われたようだ。
「あの…何か?」
応答を催促された。
「え?…えーと…」
状況を整理してみる。
このエグリートという青年は体調がすこぶるよくないらしい。
治し方もわからない。そして、魔力に異常があるように感じる。
調べてみれば何かわかるかもしれない。
と、いうことを、相手を刺激せずに言えばいい、はずだ。
これはナシプ族とお近づきになれる決定的な状況である。
しかし、10秒程度もの間をおいた結果、その場の空気に耐えられず、たいしたことを言えなかった。
「…あの…おせっかいかもしれませんが…、エグリートさん…ですよね?
…魔力に気を使ったほうがいい…、のではないかと思います…」
しゃべりつつ、どうしてもっとうまく言えないのかと、自分を責める気持ちになったが、
案外この言葉は効果があるようだった。
エグリートはちょっとびっくりしたような表情をしたように見えた。
実際はそれよりも、
「エグリート様の体のことがわかるんですか!?」
ナギの反応がすさまじかった。
「い、いえ。その…良くはない、という程度なら」
しどろもどろになりながら答えた。ナギは間を入れずに聞いてきた。
「どうか、どうかエグリート様のことを診ていただけませんか!?」
「…はい…?私は別にかまわないですが、でも…」
こちらとしては、いろいろ情報をもらえるとありがたい。願ってもいない提案だ。
しかし、この進入禁止の雰囲気をどうにかしなくてはだめではなかろうか。
「エグリート様!かまわないですよね!?」
ナギはエグリートに矛先を替え、許可を求めた。かなり迫力を感じる。
「ナギ、私は…」
エグリートはやっと俺から視線を離し、ナギに対して困ったようにしていた。
「エグリート様!?」
ナギは再度の催促をした。エグリートはあきらめたように答えた。
「……わかりました。」
エグリートはこちらに向き直った。
「…すみませんが、こちらに来ていただけますか?」
「は、はい」
結局、過程はどうであれナシプ族の村に入れてもらえることになった。
内心ではテンションが上がりまくりであったが、
ナギやエグリートの手前でそれを抑えるのに苦労をした。