徒然 ~暇つぶしの思考~
どうしてこんな気持ちになるか、僕だって知らないさ。
僕が一番知りたいくらいだ。
今日も彼は暇を持て余している。
通りを走る車の音も、時折聴こえる鳥の声も、下のカフェから漏れるいい香りも、何一つとして彼の慰めにはならない。
(僕はそろそろお腹が空いてきたけど....おっと、そろそろランチタイムじゃないか)
さっきまで一人がけのソファに座りながら怠惰に銃を発砲しては芸術的な銃創を壁に描いていたけれど、それも飽きたらしく、今は比較的大人しくバイオリンを弾いている。.....あと15分でもバイオリンを弾いていればまだマシなんだろうけど、それはきっと無理だろう。
彼の暇を解消できるのは、殺人事件(連続殺人事件とか、一風変わったトリックを使うとか)や、誘拐事件(警察側に喧嘩を売るような態度だと更にいい)や、テロ事件(爆弾とか爆弾とか爆弾とかね)などなどだ。
一般的に言う【凶悪】と名のつく物がお好みだ。犯人は知能指数が高ければ高いほどいい。
お好みの殺人事件が依頼される度に『クリスマスが来た!!』って騒ぐのははっきり言って不謹慎だし、やめたほうがいいと思う。小躍りして喜ぶその姿は可愛いと思うけれど。(おっと、僕も大概不謹慎かもしれない)
常人には解らないほど頭の回転が早い彼は、常に飢えている。
自分の知性に挑戦し、その頭脳を喜ばせ、また知的好奇心を満たしてくれる出来事を。
高機能社会不適合者と自称している彼は、確かにそうだと思う。
熱しやすく冷めやすいし、肯定したと思ったら否定するし、夢中になって飽きるし、ご機嫌だと思ったら不機嫌だし、正しい事を間違ってると言うし、黒と言って白と言うし。
まったくもって僕は常に振り回されてばかりだ。
あまりにも頭がよくて回転が早いもんだから、僕を始め周りの人間は彼についていけない。
どうしてこんなことを?なんて訊いた日には『こんなことも解らないのかい?』と逆に驚かれる。そこまで馬鹿じゃないと思いたいけれど、彼に心底驚かれるとこちらもかなり恥ずかしい。
彼の溢れてびしょびしょになるくらいの知性は、僕達までびしょ濡れにさせる。
お願いだから、一目見ただけで僕がさっきまでどこで何をしていて何をしたくてここにいるのか、なんて解っても言わないでほしい。
それと、それを僕以外でやるのもどうかと思う。特に妙齢の女性や、彼に好意を寄せている女性相手などにね。
そう窘めたところで彼には全く理解出来ないのも知っている。
『何故?』
何故と言われて、僕は何と答えればいいのだろうか。『それがエチケットであり嗜みだよ』とでも?鼻で笑われるのがオチだと知ってるさ。
だからと言って彼が物凄く嫌なヤツとは思わない。あれでも気を使ったり、相手を思いやったり、照れたり、笑ったり、悲しんだりするんだ。ちょっと解りにくいだけで。
彼のハードディスクは知的好奇心を満たせる情報だけでパンパンで、情緒を満たす物はほんのちょっとしか入ってないかもしれないように見えるけれど、実はすごく情に篤い人間だと僕は知っている。
それを表現する、相手に伝える方法をよく知らないだけで。
もう少し視野を広げられたらもっと生きやすくなると思うけれど、それこそまさに『余計なお世話』ってやつだろう。
そんな彼だから友人なんて本当にいない。彼の周りは彼を憎んだり、利用したり、馬鹿にしたりする奴らでいっぱいだ。敵だらけと言ってもいいけれど、彼はそんなことにはいっそ惚れ惚れするくらいに無頓着だ。
周りの人間は木偶の坊か何かで、一つたりとも彼の望むようにはしてくれない出来損ないの阿呆共で、彼は常にイライラして飽き飽きしているように見える。
気を紛らわせる会話も、人間関係を円滑にすすめるジョークも、全てが彼にとっては無意味だ。
そんな彼だから僕以外に友人なんているはずもない。
ハドソン婦人は気のいい大家さんだし、レストレード警部はエサ箱くらいにしか思ってないかもしれない。
だから必然的に彼は僕を常に構う。
何かにつけて『ジョン』『ジョン!』『ジョン!!』だ。
『ジョン、ペンを取ってくれ』『ジョン、私の紺色のシャツはどこだ?』『ジョン、あの新聞を見てくれ』
でもね、もうそろそろどうにかしてほしい。さもないと、僕がどうにかなりそうだ。
僕より大きな体をカウチにぎゅうぎゅうに押しこむようにして拗ねて丸まったり、暇つぶしに焼いたケーキが上手くいったからってご機嫌で鼻歌を歌ったり、あまりにご機嫌すぎて僕にそのケーキを食べさせたり、考え事をして歯磨き粉と洗顔料を間違えたり、それに苛立ってゴミ箱を蹴って足を痛めたり、子供番組のパペットを気に入って僕のノートブックの壁紙をパペットにしたり。
そういうことはもうやめてほしい。
さもないと.......
「ジョン!暇だ」
かっきり12分の演奏を終えて、シャーロックが僕に向き直る。
「平穏でいいじゃないか、シャーロック」
「暇で暇で死にそうだ!この世界は暇で私を殺そうとしている!」
青いガウンを翻して一回転ターンを綺麗にきめたシャーロックがそのままボスンと一人がけソファーに座った。
長い足を折りたたむ事なく僕の方に投げ出して、上目遣いで僕を見る。
青とも灰色とも取れる不思議な瞳が僕を見つめる。
「暇ね.....」
ひとつナゾナゾでも出そうか?と思い、口を開いた瞬間にシャーロックが口を開いた。
「それより、ジョン、君は随分と思案にくれていたじゃないか」
「え?」
「ずっと私を見つめて何か考え事をしていた」
見られていたのかという恥ずかしさと、気にしてくれたのかという嬉しさとがないまぜになった気持ちで僕は口をモゴモゴと閉じた。
「何を考えていたんだ?」
キラキラと期待に光る目でシャーロックは僕を見る。
いつも引き締まっている形の良い少し薄めの唇がうっすらと開かれているのを僕は見逃さない。
「あ、あー......何を考えていたかって?」
こくん、とシャーロックが頷く。
まさか『君の事を考えていたんだよ、シャーロック』なんて言おうものなら、根掘り葉掘り痛くない腹まで探られるだろうし、かと言ってヘタな嘘をついたらついたで一瞬で見ぬくだろうし、さてどうしよう?と逡巡した所で、僕はいいことを思いついた。
「当ててみたら?」
そう言うと、シャーロックは一瞬きょとんとした顔をしてみせた。
少しだけ目尻の上がった顔が呆けると酷く幼く見える。
こんな顔もするのか、と興味深く思っているとシャーロックはゆっくりと口角をあげた。
「それは、私に対する挑戦かい?」
「挑戦?違うよ、暇つぶしさ」
「ふぅん」
長い指を顎の前で合わせながら、シャーロックがいとも楽しそうに笑う。
「僕からのヒントはなし。推理、推察するのは構わないよ。どう?暇つぶしになりそうかい?」
「んー......ああ」
作り笑顔ではなく心底楽しそうにニッコリ笑うシャーロックを見て、僕もにっこり笑う。
君は解らないだろうな。この問題がどういう問題かってさ。
解答が答えではなく、解答が問題だということに気付いてくれるかな?
僕が一番知りたいくらいだ。
今日も彼は暇を持て余している。
通りを走る車の音も、時折聴こえる鳥の声も、下のカフェから漏れるいい香りも、何一つとして彼の慰めにはならない。
(僕はそろそろお腹が空いてきたけど....おっと、そろそろランチタイムじゃないか)
さっきまで一人がけのソファに座りながら怠惰に銃を発砲しては芸術的な銃創を壁に描いていたけれど、それも飽きたらしく、今は比較的大人しくバイオリンを弾いている。.....あと15分でもバイオリンを弾いていればまだマシなんだろうけど、それはきっと無理だろう。
彼の暇を解消できるのは、殺人事件(連続殺人事件とか、一風変わったトリックを使うとか)や、誘拐事件(警察側に喧嘩を売るような態度だと更にいい)や、テロ事件(爆弾とか爆弾とか爆弾とかね)などなどだ。
一般的に言う【凶悪】と名のつく物がお好みだ。犯人は知能指数が高ければ高いほどいい。
お好みの殺人事件が依頼される度に『クリスマスが来た!!』って騒ぐのははっきり言って不謹慎だし、やめたほうがいいと思う。小躍りして喜ぶその姿は可愛いと思うけれど。(おっと、僕も大概不謹慎かもしれない)
常人には解らないほど頭の回転が早い彼は、常に飢えている。
自分の知性に挑戦し、その頭脳を喜ばせ、また知的好奇心を満たしてくれる出来事を。
高機能社会不適合者と自称している彼は、確かにそうだと思う。
熱しやすく冷めやすいし、肯定したと思ったら否定するし、夢中になって飽きるし、ご機嫌だと思ったら不機嫌だし、正しい事を間違ってると言うし、黒と言って白と言うし。
まったくもって僕は常に振り回されてばかりだ。
あまりにも頭がよくて回転が早いもんだから、僕を始め周りの人間は彼についていけない。
どうしてこんなことを?なんて訊いた日には『こんなことも解らないのかい?』と逆に驚かれる。そこまで馬鹿じゃないと思いたいけれど、彼に心底驚かれるとこちらもかなり恥ずかしい。
彼の溢れてびしょびしょになるくらいの知性は、僕達までびしょ濡れにさせる。
お願いだから、一目見ただけで僕がさっきまでどこで何をしていて何をしたくてここにいるのか、なんて解っても言わないでほしい。
それと、それを僕以外でやるのもどうかと思う。特に妙齢の女性や、彼に好意を寄せている女性相手などにね。
そう窘めたところで彼には全く理解出来ないのも知っている。
『何故?』
何故と言われて、僕は何と答えればいいのだろうか。『それがエチケットであり嗜みだよ』とでも?鼻で笑われるのがオチだと知ってるさ。
だからと言って彼が物凄く嫌なヤツとは思わない。あれでも気を使ったり、相手を思いやったり、照れたり、笑ったり、悲しんだりするんだ。ちょっと解りにくいだけで。
彼のハードディスクは知的好奇心を満たせる情報だけでパンパンで、情緒を満たす物はほんのちょっとしか入ってないかもしれないように見えるけれど、実はすごく情に篤い人間だと僕は知っている。
それを表現する、相手に伝える方法をよく知らないだけで。
もう少し視野を広げられたらもっと生きやすくなると思うけれど、それこそまさに『余計なお世話』ってやつだろう。
そんな彼だから友人なんて本当にいない。彼の周りは彼を憎んだり、利用したり、馬鹿にしたりする奴らでいっぱいだ。敵だらけと言ってもいいけれど、彼はそんなことにはいっそ惚れ惚れするくらいに無頓着だ。
周りの人間は木偶の坊か何かで、一つたりとも彼の望むようにはしてくれない出来損ないの阿呆共で、彼は常にイライラして飽き飽きしているように見える。
気を紛らわせる会話も、人間関係を円滑にすすめるジョークも、全てが彼にとっては無意味だ。
そんな彼だから僕以外に友人なんているはずもない。
ハドソン婦人は気のいい大家さんだし、レストレード警部はエサ箱くらいにしか思ってないかもしれない。
だから必然的に彼は僕を常に構う。
何かにつけて『ジョン』『ジョン!』『ジョン!!』だ。
『ジョン、ペンを取ってくれ』『ジョン、私の紺色のシャツはどこだ?』『ジョン、あの新聞を見てくれ』
でもね、もうそろそろどうにかしてほしい。さもないと、僕がどうにかなりそうだ。
僕より大きな体をカウチにぎゅうぎゅうに押しこむようにして拗ねて丸まったり、暇つぶしに焼いたケーキが上手くいったからってご機嫌で鼻歌を歌ったり、あまりにご機嫌すぎて僕にそのケーキを食べさせたり、考え事をして歯磨き粉と洗顔料を間違えたり、それに苛立ってゴミ箱を蹴って足を痛めたり、子供番組のパペットを気に入って僕のノートブックの壁紙をパペットにしたり。
そういうことはもうやめてほしい。
さもないと.......
「ジョン!暇だ」
かっきり12分の演奏を終えて、シャーロックが僕に向き直る。
「平穏でいいじゃないか、シャーロック」
「暇で暇で死にそうだ!この世界は暇で私を殺そうとしている!」
青いガウンを翻して一回転ターンを綺麗にきめたシャーロックがそのままボスンと一人がけソファーに座った。
長い足を折りたたむ事なく僕の方に投げ出して、上目遣いで僕を見る。
青とも灰色とも取れる不思議な瞳が僕を見つめる。
「暇ね.....」
ひとつナゾナゾでも出そうか?と思い、口を開いた瞬間にシャーロックが口を開いた。
「それより、ジョン、君は随分と思案にくれていたじゃないか」
「え?」
「ずっと私を見つめて何か考え事をしていた」
見られていたのかという恥ずかしさと、気にしてくれたのかという嬉しさとがないまぜになった気持ちで僕は口をモゴモゴと閉じた。
「何を考えていたんだ?」
キラキラと期待に光る目でシャーロックは僕を見る。
いつも引き締まっている形の良い少し薄めの唇がうっすらと開かれているのを僕は見逃さない。
「あ、あー......何を考えていたかって?」
こくん、とシャーロックが頷く。
まさか『君の事を考えていたんだよ、シャーロック』なんて言おうものなら、根掘り葉掘り痛くない腹まで探られるだろうし、かと言ってヘタな嘘をついたらついたで一瞬で見ぬくだろうし、さてどうしよう?と逡巡した所で、僕はいいことを思いついた。
「当ててみたら?」
そう言うと、シャーロックは一瞬きょとんとした顔をしてみせた。
少しだけ目尻の上がった顔が呆けると酷く幼く見える。
こんな顔もするのか、と興味深く思っているとシャーロックはゆっくりと口角をあげた。
「それは、私に対する挑戦かい?」
「挑戦?違うよ、暇つぶしさ」
「ふぅん」
長い指を顎の前で合わせながら、シャーロックがいとも楽しそうに笑う。
「僕からのヒントはなし。推理、推察するのは構わないよ。どう?暇つぶしになりそうかい?」
「んー......ああ」
作り笑顔ではなく心底楽しそうにニッコリ笑うシャーロックを見て、僕もにっこり笑う。
君は解らないだろうな。この問題がどういう問題かってさ。
解答が答えではなく、解答が問題だということに気付いてくれるかな?
作品名:徒然 ~暇つぶしの思考~ 作家名:鷲羽