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cum oratione

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cum oratione

 親愛なる童虎よ

 息災でいるだろうか。
 今日は教皇としてではなく、旧き友として筆を取った。
 文字の乱れは老い故と許して欲しい。


 先頃ご降臨なされた女神様は、健やかにお過ごしだ。
 先代の女神様に我らが初めてお目に掛かった時には、既に少女のお姿でいらしたから、このようなあどけないご様子を拝見するのは、畏れ多いことながら誠に微笑ましい。
 深い慈愛を宿されたご双眸は、まさしくあのお方のものであらせられるけれども。


 しかし、聖域を覆う混沌の気配が一層強まったことに、お前も気付いていよう。
 これは間違いなく「内乱の相」。
 スターヒルから見るこの数年の星々の動きに、女神様のご復活を喜ばぬ何者かの干渉があったのは確かだ。
 聖戦を目前にして双子座、射手座と続いた黄金聖衣の拝受が、蟹座まで四年も途切れたこと。
 十二宮の半数以上が、十にも満たない子供を守護者に迎えたこと。
 いずれも聖域の歴史において類を見ない事態なのだ。
 このままではあの子らの殆どが、実戦経験もろくに積まぬうちに聖戦に赴くことになるだろう。
 最高位の黄金聖闘士が未熟では、此度の聖戦は到底勝ち抜けまい。
 だから童虎、私は思うのだ。
 内乱──すなわち同士討ちが避けられぬ未来なのだとしたら、それこそが女神様のご意志。
 女神様御自らが我々聖闘士に課された、聖戦への試練なのではないか、と。


 お前に話しておきたいことがある。
 お前は覚えていよう、アスプロスとデフテロスの兄弟──先代の双子座達を。
 彼らは時の神カイロスの甘言に唆され、進むべき道を誤った。
 カイロスの魂は前聖戦の折、アスプロスによってアスミタの数珠に封じられ、輪廻の渦から切り離されたと聞く。
 だがその断末魔の怨念が、今も因縁深き双子座の聖衣に取り憑いているのを私は密かに感じるのだ。
 聖域に忍び寄る凶兆は、明らかにあの神の仕業だ。
 冥王の封印が弱まったことにより、力を取り戻しつつあるのか。
 人の運命を弄ぶあの堕神が再び双子座を惑わし、女神様に仇なそうと目論んでいる。
 アスプロス以上に潔癖なサガにとって、己の内なる誘惑は許容しがたいものに違いない。
 遠からず双子座は破綻しよう。
 かつてセージ様がなされたように、事が起こる前に策を弄することも考えた。
 だが、先の代で裁きの一端を担った乙女座は、今生では未だ幼く、何より双子座に懐いている。
 それにカイロスの狙いは恐らく、あれを「咎無くして」冥界に堕とすこと。
 アスプロス同様、粛清されたサガが冥王の元で聖域に怨みを抱えたまま幼き女神に弓引く存在に成り果てるのが、あの神の筋書きなのだ。
 ならば、もし──女神様が覚醒されるまで、サガをこのまま生かしておいたなら。
 女神様がカイロスの呪縛よりサガの魂を解き放たれ、誅戮ではなく、サガ自らが己の罪を裁いたなら。
 あれの忠誠心は冥王がいかなる誘いを掛けようとも、今度こそ聖闘士としての本分を全うするであろう。
 我ら聖闘士が相打つ女神様の試練も、そこで初めて意味を持つ。
 天界より追放されたとは言え、カイロスも神の眷属だ。
 その一手先を読むには、これが最善にして唯一の策だと私は考えている。


 ……童虎よ、私は鬼であろうな。
 この手で聖衣を授けた少年に、地獄と知りながら敢えて謀反の道を歩ませようとは。
 神の化身とまで言われたあれを、逆賊に仕立て上げるのは他ならぬ私自身だ。
 どれ程憎まれても仕方がない。
 どのような罰でも甘んじて受けるつもりでいる。
 ただ、これだけはお前に伝えねばなるまい。
 聖域に長く根付いた双子にまつわる因習は、本当は「弟」を守る為のものなのだ。
 いずれの御代でも、先に聖衣を賜るのは兄。
 しかし実際に聖戦を闘うのは、弟の方。
 双子座の聖衣が私に見せた未来の断片においても、それは変わらぬ。
 次なる聖戦で、再び天秤座を纏ったお前に従う双子座は、サガではない──弟のカノンだ。
 善と悪、光と闇。両者が融合してこそ、双子座の真の力は発現する。
 アスプロスとデフテロスの結末。
 そして、サガとカノンの行く末。
 戦史にも綴られぬ双子座の真実を、どうか黙って見守ってやって欲しい。


 明朝私は、教皇交代の内示を双子座と射手座に告げるつもりだ。
 女神様は必ずや私が命に替えてお守りしてみせる。
 堕神のもたらす奇禍に私の力が及ばぬ時は、或いは時が満ちるまで、聖域の外でお育ち頂くことになるやも知れぬ。
 案ずるな。女神様は程なく天馬星座の魂に出逢われるであろう。
 神話の時代より、天馬星座は常に女神様の傍らに在る。
 あの方が真に覚醒されるまで、あと十余年。
 それまでの時間を確保することが、私に出来る最後の務めだ。
 異変が内外に悟られないよう、聖域全体に暗示を施した。
 だからこの先如何なる変事が起ころうとも、お前は決して五老峰を動いてはならぬ。

 聖域はこれまでと何も変わらぬ──良いな。


 それでは童虎よ。名残は尽きぬが、この辺りで筆を置くことにしよう。
 この手紙が、我が弟子の手によって無事にお前の許に届くことを祈っている。

 お前に女神様の御加護があらんことを。



 追伸:今一度──お前に逢いたかった。

 友 シオンより

FIN
cum oratione/祈りを込めて
2012/4/16 up
作品名:cum oratione 作家名:saho