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誕生日には花を…

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 身を切るように寒く乾燥した空気、硝子のように硬質な青空には雲ひとつない。
 アーサーは身を震わせると、トランクを持ち上げなおした。
「やっぱり来て正解だったな」
 この国の冬は寒いことは寒いが、透明で爽やかだ。
 対して冬の自国を表現するのに陰鬱以上に当てはまる言葉がない。太陽は午後三時には傾き、朝は八時近くまで暗いままだ。
 さらに、明るくなっても晴れていることは珍しい。
 いい加減うんざりしていたところに、もうすぐ誕生日という本田の顔がふと浮かんだのだ。
 彼のうちの冬はとても美しいという話を思い出し、誕生日を祝いにいくことを口実に発作的に荷物をまとめて、アーサーはこの地に降りたっていた。
 彼の住まいに続く道を辿っていると花屋が目にとまる。
 誕生日プレゼントは持ってきたが、他に手土産かわりに花でも買っていってやれば喜ばれるかもしれない。
 この空のように晴れやかな本田の笑顔を想像して緩んだ頬を引き締め、言い訳するようにアーサーは呟いた。
「突然の訪問だしな。せめて土産位は失礼のないようにするのが、紳士のたしなみだよな」
 本田に似合いそうな花束を指差して注文し、包んでもらう。言葉が通じす、シンプルな白い紙にリボンなしになってしまったのはご愛嬌だ。
 まあ、あまり大袈裟なブーケでも戸惑うだろうし、と思い直して、アーサーは本田の家に足を向けた。

 本田の家は以前来た時のままだ。門をあけ、横開きのドアを叩くと、どちらさまですかいう声と共に慎ましやかにドアが開いた。
 引き戸を開けたときの人の距離は、自分の家のドアよりもずいぶん近い。
 髪の毛からふわりと石鹸の香りを感じてどきりとし、思わずアーサーは後ろ手でさきほど買った花束を隠した。
「… これは、アーサーさん。どうなさいました?」
「よ、よう、本田。い、いや…その、お前んちの冬はいいって聞いて、ちょっと来てやったんだ」
 しどろもどろに答えると、おどろいた風に眉尻を上げた日本の口許にふっと微笑が浮かんだ。
「それは…よくいらっしゃいました。たいしたおもてなしも出来ませんが、おあがりください」
「あ、ああ…悪いな。急に」
「構いませんよ。長旅でお疲れでしょう。荷物お持ちしましょう」
「いや、たいして重いわけじゃない。自分で持って行くよ」
「そうですか。それではどうぞ」
 廊下を抜けて案内されたリビングルームはきちんと片付いていて、本田の几帳面な性格が現れているようだ。
「今日は泊まっていかれますよね。寝室の支度をしてきますので、その間炬燵でみかんでもどうぞ。冬の風物詩ですよ」
「ああ、すまないな。急に訪ねてきたのはこちらだし、気を使わないでくれ」
 口ではそういいながらも、勧められるままにコタツに入り、みかんを食べる。
 噂には聞いていたがこれがコタツの魔力というのだろうか。ぽかぽかと暖かいテーブルはとても快適で、そこから動くのが億劫になりそうだ。
 すっかりアーサーがくつろいだころに本田が戻ってきた。
「お茶を淹れてきました。紅茶は買いおきがないもので、申し訳ないんですが」
「いや。グリーンティーの甘くないのにも慣れたぞ」
「茶菓子もせんべいくらいしかなくて申し訳ないですが、よければどうぞ」
「あ、ああ…本当にすまない。その…こんなに気を使われると困るんだが」
 湯呑みに視線を落として言うと、本田はからりと笑った。
「いいえ。気なんて使っていませんよ。この程度のもてなししか出来ずに、申し訳ないぐらいです」
 本当にそう思っているらしい彼の謙虚さに心臓が大きく波打つ。
「あ、そ…そうだ! 土産というか、誕生日のプレゼントを持ってきたんだ」
 アーサーは自分自身をごまかすように勢いよく声を上げてトランクの中から、チョコレートとジンとラムを取り出し、こたつの横においておいた花を手渡した。
「あとこれをそこの花屋で買ってきた。気に入ってもらえると嬉しいんだが…」
「え…」
 受け取った瞬間の本田の顔に怪訝なものというか、半笑いが浮かんでいるのをみて、アーサーは首をかしげた。
 明らかに喜んでいるというのとは違う表情だ。
「あ…すまない。最初から花束になってたから花束は買えたんだが、ラッピングの頼み方が分からなくてな。でも、よかったよ。お前のイメージの花束が売っていて」
「……私のイメージ。まあ、たしかに名前はそうですね…」
「な、なんだよ…俺、なにか変なことでもしたのか?」
 アーサーがそう尋ねた瞬間に、本田の目が見開き、黒曜石のような瞳が揺れる。
 しばらく逡巡した末に、青年が口を開いた。
「アーサーさんは仏壇をご存知ですか?」
「なんだ? そりゃ?」
「仏壇というのはですね…その、死んだ人を祭るための祭壇のようなものです。この花束はそこに飾るための仏花といいます。要は死んだ人のために捧げる花なんですよ」
「へっ…? それは日本では誕生日にデイジーの花を送るのはおかしいってことか?」
「その…あまり褒められたことじゃありません。いえ…かなり、まずいです」
「それは…その。本当に済まない事をした。せっかくの誕生日なのに縁起の悪いもの送っちまって。…その、俺帰るよ。プレゼントも渡したし」
 肩を落として立ち上がろうとしたアーサーを、意外なことに本田は止めてくれた。
「あ…まってください! すみません。違うんです!怒ってるわけではなくて、もしも他の人に仏花を送ってしまったらまずいと思って…。誕生日を覚えていていただけただけでとても嬉しいです」
「え、…そ、そうか!」
「花をいただく機会そうそうないわけですからね。大切にしますよ」
 そういって、本田は小さな声を上げて笑った。
「しかし、外国の方は皆さん同じように仏花を持ってくるんですね…」
「なんのことだ? 他にもやったやつがいるのか?」
 そのとき、ドアが激しく壊れる音がリビングに響き渡った。
「…! なんだ?!」
「…なんとなく予想はついていますが。まあ、いってみましょう…」
 その言葉にアーサーもなにが起こったのか薄々の予想がついた。
 そして、その予想は間違っているはずがなかった。
「アル! 何度お前は玄関を破壊して入ってくれば気が済むんだ!」
「ハロー! 本田が家の前を広げて飛行機を止められるようにすればいいんだよ! それはともかく、ハッピーバースデー! これ、プレゼント!」
 アルフレッドの手に握られていた花束をみて、アーサーは本田と顔を見合わせ、吹き出した。
「なんだ? なんで笑うんだ? っていうかそもそもアーサー。なんでお前がこんなところにいるんだよ」
「えっ…その、お前に言う筋合いはねえ!」
「そんなことはまあいいや。本田! 今度は前に教えてもらったのと違う花束を買ってきたぞ!デイジーも入っていない!完璧だろ」
「いえ。完璧に仏花です。おそれいります。すみません」
「えぇ!?今度こそオーケーと思ったのに」
「まことにすみません。そうだ、アルフレッドさんも良かったら拙宅におあがりください。アーサーさんからお酒をいただきましたし、せっかく私の誕生日を祝いに来てくれたのですから、ささやかですが、宴でもしましょう」
作品名:誕生日には花を… 作家名:みずーり