二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

FORCE of LOVE

INDEX|1ページ/16ページ|

次のページ
 

Prologue(吹雪)


 こんなに好きなのに、とか、僕だけを見ていてだとか、我儘な考えで染岡くんを欲したことはなかった。彼が好きな人がいるなら一緒に憧れて、彼が大切なものなら僕も愛そうと思えるような、そんな優しい、大好きな気持ちだった。帰る場所に彼がいて、彼にも僕がいて、一緒に強くなろうと言って傍でお互い笑っていられる人生ならこれ以上のものはなかったど、それが叶わないことも絶望とは思わなかった。叶わないのが僕の痛みなら大丈夫。彼が幸せならそれで良い。それで僕も笑っていられるから。
 忘れもしない。一緒に風になろうと彼は言ったのだ。その言葉だけが宝物で、その優しさがアツヤの隙間を埋めてくれるとそう思ったのだ。
 さよならはあたたかかった。涙ぐんだ彼のぶっきらぼうな別れの挨拶は、僕を一生立ち止まらせない力強さをもって胸に積もり、僕は一人でも大丈夫だと本気で思ったものだ。偽りなく、満たされていた。最後まで彼は僕の思いに気付くことなく、しかし僕を傷つけることも突き放すこともなかった。何も告げない代わりに僕は友情を得て、淡くて酸っぱいような下心は埃みたいに風に舞う。さよならなんて綺麗に見える言葉で、僕は信頼を守り初恋をなかったことにした。不思議な安心と寂しさと、後悔と、ちっぽけな達成感と罪悪感とを抱いて、彼との時間は終わったのだなと思った。
 ここからはもう一人の「彼」との話だ。「彼」との様々な悶着は実はこれよりずっと先の話で、出会った時点ではまったくもって僕に彼との物語を生きる可能性なんてものは皆無だったことを認めてしまおうと思う。「彼」は彼のヒーローであって、僕にとってはライバルであっても隣に居続ける対象にはなり得ないはずだった。正直僕は、「彼」に対する興味なんて大して持ち合わせてはいなかったのだ。
 「彼」とは淡白な関係だった。お互いエースでチームメイトだという認識はあって、協力も刺激もしあったけれど、僕からは別段拘る気持ちはなく、ただ彼がいないから、という理由で隣にいたのだとさえ思う。「彼」は本当は僕の恩人だったのだけど、それは単に彼の正義を満たす条件のようなものに思えて、僕がしがみつくことではないと思っていた。僕が彼ばかり見ていたせいでも、僕が自分のことで頭がいっぱいだったせいでもあって、この頃の「彼」と今の「彼」の大きさが僕にとってはあまりに違うのだ。そんなこんなで「彼」の話をするには、昔というのは切り離してしまって、あるとき以降の軌跡だけを伝えたいという思いになるわけである。
「彼」が彼の好きなストライカーではなく「彼」として僕の世界に映り込んむきっかけとなった些細な出来事の、そのほんの少し前から振り返ることにするなら、それは中学三年の秋のことだった。

 夏で引退したサッカーは結局地区大会にも行けず仕舞いで、ぼんやりとただ強いられるまま受験勉強だけをしていたこの頃、僕は持て余した時間と将来の漠然としたプレッシャーから少しだけ塞ぎ込んでいた。といっても表面では相変わらず我が道を行くばかりだったので、誰も僕の中の些細な変化になんて気付きもしない。周りも受験生ばかりだったのだから当然と言えば当然なのだ。ただ、一度壊れかけた僕の精神は立ち直って以降も根本的には恐ろしい程脆いままで、サッカーも出来ずに一人寂しく教科書に向かう毎日に堪えられなかったということなのだと思う。
 そんな時期にも何故だか「彼」だけは連絡をくれていた。勿論用件があるときだけだったのでそう頻繁ではなかったが、受験生同士で遊びに行く日数よりは多く、模試の回数よりは少ないくらいの頻度で。僕はその理由なんて突き詰めて考えたりしなかったのだがどこかで、孤独を埋めてもらっていることには気付いていた。
 受話器越しに聞こえる「彼」の声はいつも強くて温かかった。口数の少ない人だから、通話時間は拍子抜けする位短かったけれど、廊下に備え付けられた親機を占領して十数分座り込んで耳を傾ける、それを楽しみにしている自分に気付いたのはいつからだろう。少なくともこの出来事の、もっとずっと先のことだ。
『…もしもし豪炎寺ですが。士郎…くんはいますか』
 誰もいない家に響く電話の音に飛び付くように受話器をとるなり聞こえた「彼」のお決まりの挨拶に返事をしようとして、口を開いたがカチカチと歯が鳴るだけで声にならなかった。その日も僕は一人で、外はこの地域には珍しい大嵐が吹き荒れていた。叩き付ける風で、家が軋むように音を立てる。
『…もしもし?』
 「彼」の声はちゃんと鼓膜に届いていた。それでも僕は嗚咽を溢すことも出来ない位、完膚なきまでに恐怖に押し潰されていた。家中の電気をつけても、テレビの電源もラジオのスイッチも入れて耳を塞いでも、僕の頭の中にはあの日家族を飲み込んだ雪崩の轟音が木霊していた。これは嵐であって雪崩ではないと、肩を掴んで力一杯教えてくれる相手はいなかったのだ。
 一際大きな音で風が騒いだとき、僕はありったけの力で声を振り絞っていた。電話越しの叫び声に「彼」は驚いたに違いないけれど、僕はそういう思考保てる程正常な状態にはなかった。
『吹雪!おい…吹雪!』
 「彼」は受話器の向こうから必死に僕を呼んでいた。僕は冷たい床に蹲って震え、投げ出した受話器から伝わってくる波にもしばらく気付きはしなかった。どの位そのままだったかも分からない。ただ、僕が顔を上げられるまでずっと、「彼」は僕の名前を呼び続けていてくれた。
「豪炎寺くん…」
『吹雪!?大丈夫か?』
「豪炎寺くん、どうしょう、どうしょう、怖い、怖いんだ」
『吹雪?』
「怖い、怖い、怖い、一人はやだ…」
『…しっかりしろ、誰もお前を一人になんてしない』
「怖いよ…」
 不思議だった。僕の一言一言を掬い上げるように励ましてくれる優しさが、何故「彼」から僕に与えられるか、分からなかった。僕はずっと一人で、あれ以来一人で、誰かに抱き締めてもらえるのを、ずっと、待っていたのだ。
『大丈夫だ』
 優しくされたかった。一緒にいて、手を握って、同じ場所で同じ気持ちを共有してくれる相手が欲しかった。
 嵐は「彼」の声に打ち消されて穏やかだった。長電話の最中、「彼」が何気無い風を装って静かに口にした、決定的な一言がそれからずっと、耳を離れなかった。
『…高校から、東京に出てこないか?』
 僕はそれに頷くことは出来ず北海道で進学をして、そのくせいつまでも、その言葉を引き摺って過ごしていた。
 僕が「彼」への思いに気付くのは、これより少し先の話。