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FORCE of LOVE

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01-1 大学時代


「メール、夕香ちゃんから?」
 携帯を弄りながら昔に思いを馳せていた俺を覗き込んで笑う吹雪は、あの頃より大分背が伸びただけで他はほとんど変わらない。肩から提げたカバンがやたら軽そうだが、こいつはちゃんとジャージや教科書を持ち帰っているのだろうか。試験前に泣き付かれるならまだしも、こいつは単位を落とすまで呑気にしているからたちが悪い。
「ああ」
「何て?」
「今日は母さんが帰ってるから心配いらない、って」
 そう言えば吹雪は目に見えて嬉しそうな顔をする。そう、と静かに呟いた声にさえ期待が込められている気がして、俺は慌てて携帯をポケットに捩じ込んだ。夕香が誕生日に贈ってくれたサッカーボールの形のストラップがはみ出ているのを、なんとなく気まずく思って密かに仕舞う。
 丁度通りかかったスーパーの前で、くるりと音がしそうな勢いで踵をかえすと、吹雪が俺のカバンの肩ひもをぐいと掴んで入り口を向かせた。
「今日僕の家、カレーなんだぁ」
 無邪気な笑顔を前に、僕の家もなにも一人暮らしじゃないかと考えて胸が詰まって、少し歪な笑顔を返して後に続く。そういえば今日は玉ねぎが特売日だということを思い出して、正にカレー日和なわけかと一人納得しながらプラスチックのカゴを腕に引っ掛けた。吹雪はどうせ何も考えていないのだろうけれど。
「そういえば、シャンプー切れかかってなかったか」
「あっそうそう」
「なくて困る前にちゃんと買え」
 生返事をしながら自分の愛用のシャンプーを抱えて帰ってきた吹雪を連れて、野菜売り場に向かう。玉ねぎがやはり安い。にんじんも安かったし、幸運にも肉がタイムセールになっていた。俺がそんなことで内心少し浮かれていると、いつの間にか隣から消えていた吹雪が、歯ブラシとポテトチップスを持って戻ってくる。
「豪炎寺くんの歯ブラシちょっと開いてきてたから」
「それは助かるが菓子は返してこい。家の戸棚にまだあと二袋あるだろ」
「あれ、そうだっけ」
 そう言われて素直に置きに行く吹雪の背中を見て思わず噴き出す。まるで子供だ。あるいは犬だ。夕香だって最近じゃ大人びてきたというのに、あいつがあんな調子だから俺は相変わらず自分でも恥ずかしくなるくらい、過保護な世話焼きのままである。
「お待たせ。レジ行こ」
 ちなみに吹雪の買い物なのだから支払いと荷物持ちは当然吹雪がするのだが、ポイントカードは吹雪の名義なのに何故だかいつまでも俺の財布に入ったままだ。
「寒いな」
「そうだね、マフラーが恋しくなるね」
 その言葉を聞き流せないのは単に、俺の深読みなのか。横目で見た吹雪は、微笑んだまま空を仰いで大きく息を吸い込んでいた。星が近い。冬だからか。
「鍋も良いよねー」
「お前ん家、土鍋ないだろ」
「ガスコンロもないんだなぁそれが」
 貧乏学生だからね、と歌うように言って一歩先を歩く背中に掌をぶつけると、驚いたのか真っ白な息を吐いて吹雪が目を丸くした。そういえばそろそろ部活もオフシーズンだ。どうそ俺もこいつも、真冬だろうが構わずサッカーしているけれど。
「今度うちに食べに来れば良いだろ」
「ああ、良いねそれ」
 やってみたいことはお互い色々あるらしい。二人で過ごす、初めての冬だ。
「こたつも欲しいんだけど、あの部屋にはとても入らないし」
 吹雪の家、もといアパートは、大学の最寄り駅から徒歩二分のところにあるコンビニの斜向かいという、なんとも優れた立地条件にありながら家賃も安いまさに掘り出し物件というやつである。部屋の狭さの割に風呂もトイレも付いていて、壁は薄いがストーブ一台で事足りる程度で申し分ない。ただ、そんな明らかに競争率の高い物件を易々と借りられたのは、一重に吹雪の交渉の賜物だった。ぼんやりして見えてこいつの人心掌握術はもはやプロのなせる業と言っても過言ではない。
「ただいまー」
「吹雪、靴を脱ぎ捨てるな」
「ただいま母さん父さんアツヤ」
 帰って吹雪は真っ先に家族の写真に小さく挨拶をする。手を洗え、とたしなめてようやく動き出す位だから、一人のときは手を合わせているのだろうと思う。
「…お邪魔してます」
 だから俺も挨拶をして、吹雪の見ていないところで軽く手を合わせていた。吹雪は米だけは頻繁に炊いているらしく、表面が乾いてはいるがそれほど古くはなさそうなご飯が、写真の前に供えられている。
 洗面所から戻ってきた吹雪がテレビをつけると、馬鹿みたいな声で相方の名前を叫んだ知らないお笑い芸人が、ありったけの力で平手打ちをしたところだった。
「お腹空いた!」
「はいはい」
 買ってきた食材を調理台に並べると、一応手伝う気はあるのか吹雪も隣に立ってそれを眺めた。
「お前も少しは練習しろ」
 そう言ってじゃがいもと包丁を手渡したは良いが、結局その危なっかしい手付きが気になって自分の作業どころではない。吹雪が手を切りそうになる直前でストップをかけて、結局は俺がやってしまうから、結局こいつが上達しないのは俺のせいなのだ。
「…今度ピーラー買ってきてやるよ」
 その言葉に満足したのか調理を完全に放棄して、吹雪は自ら朝炊いたらしいご飯の残りを皿によそると、中古で買ったというやけに古めかしい電子レンジにかけただけで席についてしまった。湯くらい沸かしていけ。
「あ、お湯ためなきゃ」
 心の声が曲解して伝わったのか、吹雪は立ち上がって風呂掃除に専念しだした。この家に帰ってくると、狭い場所に二人きりな割に、大した会話をしなくなるから不思議なものだ。
 出来上がったカレーを吹雪が三杯も平らげたので流石に食生活が心配になってゴミ箱を漁ったところ、見事にインスタント麺のカップやパンの袋しか入っておらず、愕然とした俺は密かに次からはもっと大量に作って冷凍しておこうと心に決めた。