あの日の約束
「亜東財閥で極秘に開発してた技術なんです」
「でも、おかげで、これ使って、日本中にネットワーク張れるからな。亜東のおっさんに感謝といえば感謝だな」
滝沢は、咲たちと分かれた後、ミスター・アウトサイダーこと亜東と接触し、彼の企業群が持っていた最先端のコンピューター技術を、彼が考えている日本中の若者たちをつなぐネットワーク作りに提供させることをねじこんでいた。亜東の孫娘の一人、ユーコが、亜東の指示で滝沢の手伝いをしていた。ユーコはAIにも詳しく、何より亜東の孫ということで、必要ならば亜東財閥のしかるべきポジションの人間に命令を出すことができた。ユーコは、この3ヶ月もの間、滝沢に対して、かなり強力なアシスタントぶりを発揮していた。
「あと2週間もすれば、ネットワークのベースは構築できます。あとは、ネットワークを有機的に動かしていくための基礎データのインプットが必要ですね。それには・・・たぶん、2ヶ月くらい必要だと思います。なんといっても、インプットするデータ量が膨大ですから」
「そっか。じゃあ、完成まで、あと3ヶ月はかかるな・・・」
滝沢はふっとため息のような息を吐いた。
「・・・・時間かかりすぎですか?」
「いや、それくらい、かかるよね。日本中の若者ぜんぶをつなぐわけだからさ。」
「すみません、もっとスピードアップできなくて・・・」
「いや、ユーコさんは、よくやってくれてるよ、感謝してるし。だから、あやまったりしないでよ?」
「はい・・・」
「さってと。じゃ、データ読み込むのに時間かかると思うから、俺、ちょっと休憩してくるよ」
そういって、滝沢は、研究所の外に出ていった。
研究所の建物は、うっそうとした木々に囲まれていた。木々の葉はもう色づき始めていて、秋の訪れをつげている。
(もう秋か・・・)
滝沢は紅葉している木々の間を歩きながら、時間の流れを思った。咲たちと分かれてから、もう3ヶ月が経過していた。
(咲、どうしてるかな・・・)
何度、電話しようと思っただろうか。幾度会いにいこうと思っただろうか。でも、そのたびに思いとどまった。今、滝沢が進めているプロジェクトは超極秘で、亜東財閥の中でも認識しているのは亜東のおっさんと、ユーコしかいない。知られれば妨害も出てくる。つぶそうとするヤツラも出てくる。だから、極秘で進めなくてはならない。もし、自分がいま咲に連絡を取ったりしたら、咲はきっと、俺が何しているか知りたがるだろうし。それが咲を危険に巻き込むことだってありうる。
(それに・・・俺は咲と約束したのだ。どうしてもやらなきゃいけないことがあると。それは、咲のためでもある。エデンの奴らのためでもある。俺を助けてくれたみんなのためでもある。)
咲に会いたくてどうしようもなくなるたびに、滝沢はそう思って、自分を奮い立たせてきた。とにかく、早くこのプロジェクトを完成させて、あの夏の日の約束を果たす。やるべきことを終わらせて、絶対咲のところへ戻ってくる、そう誓った咲との約束を。
それでも、やっぱり・・・。咲と離れているさみしさは、ごまかしようもなく。滝沢はあの夏の日、咲がくれた口づけの感触を思い出していた。
「さ、き・・・」
思わず、彼女の名前が口をついで出る。
咲、今、君は何してる?
俺のこと、忘れてないよね?思っててくれてる?
一日に何回、俺のこと、思い出す?
俺は、咲のこと、一日に何百回、何千回と思い出すよ。
いいや、違うな。本当は、咲のこと、一秒だって、忘れられないよ。
「さみしそうですね?」
突然声をかけられて振り返ると、ユーコが後ろにいた。
「あ、なんだ、ユーコさん、びっくりしたよ」
「咲さん・・・と離れていて、さみしいのでしょう?」
「そりゃ・・・まあね。自分の彼女と会えなくて、喜ぶオトコはいないっしょ?」
「滝沢さん・・・一度、お帰りになったらいかがですか?私のほうでできることは進めておきますし・・・咲さんも待っているのでは?」
「・・・・」
滝沢はしばし無言で、地面を見ていた。
やがて、ふうと息をはいて、ユーコへ言った。
「咲は待っているよ。俺のこと、待っているって信じてる。だからこそ、帰れない、今は。」
「え?」
「この3ヶ月、俺、咲がそばにいないことが、つらかった、思ってた以上に、こたえた。咲も、俺と同じように、さみしがってくれてると思ってる。うぬぼれとかじゃなくて・・・俺と咲だから・・・」
「滝沢さん、じゃあ、どうして・・」
「このさみしさは、二人でさみしさを我慢しているのは、俺がやるべきことがあって、俺がやれることがあって。それを咲も信じてくれてるから。だから、中途半端で帰れないんだ。咲のこと、大切だからこそ・・・中途半端に帰ったりできないんだ」
「滝沢さん・・・」
「それに・・・そんなことしたら、咲はきっと俺をしかるよ」
「そうですか?喜ぶんじゃ?」
「喜ぶかもしれないけどさ、でも、やっぱり俺をしかると思う。俺さ、咲が信じてくれる俺でいたいから。咲が信じてくれる価値があるオトコでいたいから、さ」
「そういうもの・・・でしょうか?」
「さあ?これはさ、俺と咲の場合の話だから、さ。他の人はよくわかんねーけどさ・・・俺、咲に信じてもらえねーと、どうしようもないヤツだからさ。」
滝沢はユーコの顔をまっすぐ見て言葉を継いだ。
「俺、咲にふさわしいヤツになりたいんだ」
「!」
「ははっ!ちょっとキザだったかな?ユーコさん、心配してくれて、サンキュー。でも、俺、がんばるからさ。これまでどおり、協力お願いします」
そう言って滝沢はペコリとユーコに頭をさげた。
「いえ、そんな。これは、おじいさまの指示ですから・・・」
「うん、それでもさ、やっぱり、感謝してっからさ。じゃ、休憩おわり!戻ろうか?」
滝沢は研究所のほうへ歩いていく。ユーコもその背中を追っていく。
けっこう虚勢はってる。無理している。自分でもわかってる。
夜な夜な咲が夢に出てくるくせに。
咲のいろいろな表情が目の前にしょっちゅう浮かんでくるくせに。
咲に触れたくて、しかたないくせに。
わかってる。
でも、やっぱり。咲が好きだからこそ。
咲への気持ちが真剣だからこそ。咲が大切だからこそ。
最後まで、俺はがんばる。やりとげる。
咲への気持ちを胸に抱きながら、研究所へ戻っていく滝沢の後ろ姿を、ユーコがじっと見つめていた。