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汝の他に誰も要らぬ(全年齢抜粋)

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窓の外に粉雪がちらついている。同時にぴゅうっと風が勢いよくふいている。
 部屋の中ではぱちぱちと暖炉の火が燃えている。一人の若い女性が長いダークブロンドの髪を揺らして、翠玉色の両眸で物憂げに外を見つめている。
 十一月のウィーン、オーストリア。来月には聖誕祭を迎える。しかし佇む女性、ハンガリー人であるエリザベータは窓の外を物憂げに見つめるばかりだ。
 部屋の中の寝台では茶髪の端正な顔をした男性が眠っていたと言いたい所だが、彼は死んでいる。なのに何故生きている者が寝ているとしか言えないほどの美しさを保っているかというと、彼はある特殊な薬で防腐処理されているからだ。
 その男性はエリザベータの夫だ。正確には「夫であった」。半月前に突如意識を失い、そのまま昇天した。原因は未だにわからない。
 名はローデリヒ・フォン・エーデルシュタイン。子爵の血筋を引く男であった。
 彼は欧州の伝統的な埋葬方法である土葬をされることになっていた。しかしエリザベータは彼女の財産を叩いてローデリヒを防腐処理することにした。
 エリザベータは思っている。彼は死んでいない。彼は永い眠りについたと。また起きる。半年間眠っているだけ。
 ああでもそろそろ起きてくれてもいいのに。紫水晶色の両眸が恋しい。どうして開いてくれないのだ。
 こともあろうかエリザベータは亡き夫を生きているかのように扱っているという。無論この行為はオーストリアの法律でも、宗教的にも許されることではない。
「あなた以外にさっさと結婚なんてできない。あなた以外の子供はいらない。あなた以外の子種はいらない」
 彼女は呟く。呪文のように、何回も。祈りよりも数多く彼女は呟いている。
 エリザベータは信心深くミサには欠かさず行っている。しかしローデリヒに狂信的なほどの未練を残している。
「ローデリヒさんは死んでいない。だから罪じゃない。まだ結婚は解消されていない。私は未亡人じゃない。皆はそう思っているけれども、私だけが真実を知っている。そう私だけが」
 もうここまで来たら狂気である。しかしエリザベータは人前では特に異常な行動を見せてはいない。とくに精神を病んでいるとは周りの人々に思われていない。
「起きて」
 しかしローデリヒは死んでいる。起きるはずが無い。エリザベータは彼に口付ける。ぴくりともしない。
 一呼吸して部屋の鍵を閉め、カーテンを閉める。
 エリザベータは身につけていた下着を脱ぎ捨て、続いて布団を剥ぎ取りローデリヒの下半身に身につけられていたものを剥ぎ取る。
 冷蔵庫から小瓶を取り出してその中の液体をローデリヒの口に流し込む。
 若き未亡人に「生きているものとして」扱われている間も、ローデリヒは端正な顔を全く崩さない。人形のように青白く病的で美しい顔を全く。 
「人形を相手しているようだわ」
 青年は死んでいるのだ。まったく動かないのも無理はない。
 エリザベータがローデリヒを狂信的に愛していた。それ故彼の死を受け入れられなかった。
「どうか神様、ローデリヒさんを目覚めさせてください」
 しかし彼は死んでいる。二度と目覚めはしない。それどころか彼女の大罪を呪うだろう。
 それは二度と叶わない夢だった。どうせならもう死んでしまいたい。ああ地獄に行くのだろうか。どうか許してください、とエリザベータは請う。
「あなたは、残酷です」
 青年の上に崩れ落ちたエリザベータは呟く。やはり彼女も真実を知っていた。しかし受け入れられない。果たして、彼女の防衛反応は、大罪は、いつまで続くのだろうか。