守護者
カエンの国でブショーリーダーの交代が起きた。
しかも新しいブショーリーダーはまだほんの子どもだという。
ランセ地方に生まれ、ポケモンをパートナーとして持つことのできる者であれば、大抵の場合は一国一城の夢を見る。
ランセに名を馳せるブショーリーダーであれば挑みかかるのは無謀の一言だが、相手がブショーリーダーになったばかりの子どもと聞けば、どうにかできそうな気がしてくるものらしく。
その日もカエンの国へと続く国境には他国から山賊まがいのブショー集団がやってきていた。
天候は、曇。時々雨。
カエンの国はほのおポケモンの国だ。雨の日は攻め込む側に都合が良い。
荒地を横切りカエンの国へと突撃を始めたブショー集団だったが、その先頭を進む男が足を止める。
カエンの国の国境を超えるなり、眼前に人影が立ちはだかったのだ。
「…なん、だ?」
今からイクサを始めようという物々しい集団の前に悠然と立ちふさがるその影に、逆にブショー集団の方に動揺が走る。
後続の男たちもその雰囲気に呑まれたように次々と足を止め。
「…お主ら、今からカエンの国にイクサでも仕掛けに行くのか?」
進むことを止めてしまった集団を見て、その人影はゆったりと足を踏み出して逆にそのブショー集団へと近付きながら、やけに気安く声をかけてくる。
曇り空の下ではっきりとは見えなかった人影が、歩み寄ってくるにつれてその姿が明確になり。
見たことのない銀色の鎧と、瑠璃色のマントをなびかせたその姿はランセ地方ではついぞ見かけられないスタイルだった。
「……な、何だあんた…」
ブショー集団のリーダー格の男らしき男が思わず声をかける。
「ん?わしか?わしはフッキという」
その男の前で足を止め、笑いながら名乗りを上げるその男にひとまず敵意らしき者は見受けられない。
リーダー格の男はその笑顔に少しばかり肩の力を抜き。
「…なんだ?仲間になりたいとかか?残念だがもう六人揃っちまってるからあんたの入る余地は…」
「ああ、いやいや。わしはお主らにここから先を遠慮してもらおうと思うてのう」
からからと笑いながら手を横に振るフッキに、少しばかり毒気を抜かれていたブショー集団にさっと殺気が戻る。
フッキは腕を組んでその集団をぐるりと見回して、もう一度そのリーダー格の男へと目を止め。
「ミツナリはまだ幼い。お主らごとき負けるような男ではないが、こうも立て続けではあやつの身が持たん。故、ここはわしが相手をしてやろう」
言いながら、フッキは組んでいた腕を解いて複雑な印を結ぶ。
「…出よ!キュウコン!!」
声を張り上げたフッキの前に、輝く光の玉が現れる。
否。光の玉と思われたそれは、金色に輝く尾。
ふわりとその輝く九本の尾が割れて中から金色の体毛と赤い瞳を持つポケモンが姿を見せる。
ランセ地方には存在しないポケモンだった。
「何だ…そのポケモン…!?」
「見たことねぇポケモンだぞ…?」
男たちから口々に動揺の声が漏れる。
見たことのないポケモンに自分のパートナーを突撃させるほどの勇気を持つ者はその場にはいなかった。
もっともそのような気概を持ち合わせているのであれば、わざわざ幼子の治める土地を狙うこともなかったのだろう。
「てめえ…一体ナニモンだ!?」
「…そうじゃなあ…この先を治めるブショーリーダーの味方、といったところか?」
「ああ!?」
掴みどころのない応えを返すフッキに、リーダー格の男から苛立ったような声が上がる。
その男へと視線を向け、フッキは朗らかに、笑ってみせた。
「察しの悪い連中じゃのう。お主らはここから先に進むことはできん、ということじゃ」
フッキが片手を振れば、キュウコンが一声甲高く声を上げる。
途端に空を覆っていた雲が急激に流れを変えて付近一帯が晴天の元に晒される。
その中央で堂々と尾を広げるキュウコンはさながら地上に降りた太陽の如く。
金色の光を放つパートナーへと、フッキは一言、行け、と声をかけるのだった。
「おお、サコン。ここにおったか」
城の片隅。ミツナリの居室の脇の縁側に座るサコンの姿を見つけ、フッキが声をかける。
振り向いたサコンはシーッと唇に人差し指を当てて静かに、という素振りを見せ。
なにごとかとサコンの前を覗き込めば、そこにはサコンの膝枕でくうくうと寝息を立てて昼寝をしているミツナリの姿があった。
なるほど、と頷いてフッキはサコンの隣へと腰を下ろす。
縁側の先の庭ではミツナリのハッサムとサコンのガントルが戯れている。
うららかな春の昼下がりだった。
「…長々とどこ行ってたんです。あんたがいない間大変だったんですよ?」
ミツナリを起こさぬよう声を潜めながら、サコンが隣のフッキへと言う。
「何ぞあったのか?」
「ミツナリさんがキヨマサさんとマサノリさんとケンカしちまいましてね。色々あった末にこの辺一帯ミツナリさんがリーダーになっちまった」
「ほう。大したもんじゃのう」
感心したように言うフッキに、サコンはやれやれと肩をすくめ。
「おかげでミツナリさんも朝から晩まで大わらわですよ」
「…成程。それでその有様か」
サコンの膝の上で静かに寝息を立てているミツナリを覗きこみ、フッキの目元が和らぐ。
「まったく…ミツナリさんがリーダーになったって聞いた途端にあっちこっちから馬鹿がケンカ売りに来てキリがない。…あんたもちったぁ手伝ってくださいよ」
ミツナリの兜蓑を撫でながらサコンが言えば、声を潜めたままフッキが笑う。
「はっは。ポケモンを連れておらんわしがおっても何の役にも立たんじゃろう?」
そのフッキを半眼で見て、サコンはその腕の辺りを指差して。
「…怪我、してますよ?」
何かが掠りでもしたように上腕の服の一部が破れ、肌が露出していた。
フッキは指さされた場所を見下ろしてはて、と首を傾げ。
「…ふむ。これは気づかなんだ。どこぞで引っ掛けたかのう」
「…ま、詮索はしませんがね」
空とぼけるフッキにため息を吐き、サコンが腕を伸ばしてぐい、とフッキの襟元を掴んで自分の方へと引き寄せる。
「心配かけられんのは、ミツナリさんだけで十分ですよ?」
顔を寄せて告げられる言葉にフッキは目を瞬かせ、次いで声を殺して笑い出す。
片手を上げてサコンの頬に掌を添える。
そのまま寄せられる唇にサコンは呆れたように軽くため息を吐きはしても、抵抗はせずに目を伏せる。
うららかな春の日差しが、居室の縁側にさんさんと降り注いでいるばかりだった。
作品名:守護者 作家名:諸星JIN(旧:mo6)